芸術的なカレシ
お金を、と、小銭を出そうとする私を制して、嶋田くんは優しい手で静かにお茶を飲んだ。
「体調がよくないなら、映画はまた今度にしよう。
今日は無理しないで、送っていくよ」
それから柔らかい眼差しで私を見る。
違うんです。
そうじゃないんです。
一番会いたくて最も会いたくない人に会ってしまったんです。
けれど、言葉にならない。
私はいつもこうして、頭の中で本当のことをぐるぐる回して、大切な人を失って。
本当の自分を殺して。
家族に心配をかけて。
他人に迷惑をかけて。
いったい何をやっているんだろう。
これじゃあまるで。
ただの臆病者じゃないか。
情けなくて、どうしようもなくて。
温かいミルクティーは私の気持ちをどんどん解していくけれど、それに反して、口は固く閉ざされていく。
しばらくそこで、私達は人混みを眺めながら過ごした。
色んな人がいる。
大声で笑う人。
誰かを探している人。
隣の人と喧嘩をしている人。
電話しながら歩く人。
スマホを弄りながら歩く人。
みんなそれなりに楽しそうだ。
そして幸せそう。
私なんかより、ずっと。
アクション映画の開演時間が来て、人が少し引けた頃、行こうか、と言って嶋田くんが立ち上がる。
「……ごめんなさい」
せっかくのクリスマスなのに、申し訳なくて、嶋田くんの顔をまともに見ることもできない。