チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~
いつからか、マモルはあたしのことを『チェリ』と呼ぶようになった。
『チェリー』が短くなって、『チェリ』。ちょっとした可愛いあだ名みたいで、なんだかちょっと嬉しかった。
その響きの方が、あたしは好きだった。
…家に帰ると、丁度母親が出ていく所だった。仕事だろう。
一瞬目があったが、先に向こうが目をそらしたから、あたしも仕方なく視線を落とした。
何も言わずにすれ違う。背中で玄関のドアが閉まる音を聞いた。
娘が朝帰りしてんのに、何か言うことないの。
そんなこと思うだけ無駄だと思う。
溜め息をつく気にもなれずに、あたしは二階の部屋に向かった。
殺風景な部屋。壁際にあるベッドに体を放り投げる。
母親とは、もうずっと前からこんな調子だった。父親はいない。記憶にもない。
出来のいい姉に比べて、頭も良くないあたし。
必然的に母親の期待は姉に向き、比例する様にあたしに対する興味は薄れていった。
別にいいなんて強がりだ。幼いあたしは、寂しくて仕方なかった。でもいくら勉強を頑張ってもたかがしれてるし、成績だって姉と比べたら天と地の差だ。
寂しさがだんだん諦めに変わり、そして次第に本当にどうでもよくなった。
学校に行かなくても、朝帰りしても、母親は何も言わない。
それが当たり前になってきた。あたしの中では。
あたしは、母親に愛されてない。
それがあたしの中の、常識だった。