《完結》アーサ王子の君影草 ~ラインアーサの些かなる悩み事~

ひたむきな胸中


 ───スズラン。
 何時から、こんなにも心を占める様になったのだろう。いくら追い出そうとしても、頭の隅にはいつも彼女の存在があった。王宮の横庭で再会した時からだろうか。
 いや───。はじめて出逢ったあの日から、ラインアーサの心には何時だって〝あの笑顔〟があった。辛い状況に陥った時期も、諦めそうになった時も笑顔を忘れずに乗り切って来られたのは、彼女との出逢いがもたらしてくれた想いがあったからこそだ。

「くそっ! なんて土砂降りだ」

 酒場(バル)への道のりが何時もより長く、もどかしく感じる。こんな時こそ移動術が使えたらと切に思う。大切な人の元へ瞬時に飛んでゆけたら、と。
 ラインアーサはスズランの気配を探り透視を試みるも、走りながらでは集中する事が出来ず何も感じ取れなかった。それがまた焦りの原因となり不安を煽る。

「スズラン、頼むから無事でいてくれ!」

 大雨の中を走り、漸く酒場(バル)に到着する頃にはすっかりずぶ濡れになったラインアーサだったが、構わず扉を開き店の中へと石段を降りてゆく。店内の様子を確認すると雨宿りで寄ったのか客は数名いるものの、客足はまばらだった。
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