氷の魔女とチューリップの塔
塔の内部
スリサズとロゼルは、塔の天辺へ向かって伸びる吹き抜けの螺旋階段を見上げた。

明かり取りの小窓の外をチノリアゲハが飛び回っているが、蝶達は中を気にしつつも入ってはこない。

「ロゼル! 見て!」

「…!」

天井の暗がりから舞い降りる何かを、小窓から射す光が照らす。

それは一輪の…

「紫のチューリップ?」

スリサズが手を伸ばす。

「…花言葉は“不滅の愛”」

背の高いロゼルが、スリサズよりも先に花の茎を掴む。

“不滅の愛”

その言葉が呪文であったかのように、紫のチューリップが光を放った。

「…!?」

光がロゼルを包み込む。

「ロゼル!?」

光が消える。

「ロゼル!
ちょっと、大丈夫?」

返事がない。

赤毛の剣士は何かに取りつかれたように立ち尽くし、ただ天井を見上げている。

「ロゼルーっ?」

目の前で手をひらひらさせても反応がない。

スッ…

突然、ロゼルが歩き出した。

階段に足をかけ、最初の数歩はまるで暗闇で確かめるようにおぼつかなく、その後は無意識のように歩くでも走るでもない速度で。

「ちょ! ロゼル!?」

一心不乱に塔を登ってゆくロゼルの動きは、いつも慎重な彼にはありえないものだった。

「ロゼルぅ!
おいてかないでよー!」

慌てたせいで余計にモタモタとなるスリサズを目掛けて…

明かり取りの小窓から、チノリアゲハが飛び込んできた。

「!」

チノリアゲハはスリサズだけを狙い、その間にロゼルはどんどん上へ行ってしまう。

「氷の矢!」

唱えた呪文は“矢”だったが、スリサズの掌から飛び出したのは、針のような小さなツララでしかなかった。

しかしその針はチノリアゲハの羽を確実に捕らえ、蝶を壁に縫い止める。

氷の壁を張る魔法も、杖の補助なしでは効果は期待できないが…

「アイス・バリア!!」

小窓にガラスのように嵌め込んで、蝶達の更なる侵入を防ぐ。

わずかな時間稼ぎにしかならないのはわかっているが、その隙にスリサズは一気に塔を駆け登る。

ロゼルに追いつき、肩を掴もうとするけれど…

「っ!!」

チノリアゲハに阻まれる。

赤と黒の羽の向こうに、ロゼルの背中が遠ざかる。
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