君が好きだから嘘をつく
とりあえず自分のデスクに向かうと,隣の席で今もなお仕事をしている澤田 隼人に声をかけた。

「お疲れ、お前相変わらずの残業だな。コーヒーでも飲むか?」

いつも遅くまで残り、いい結果を出している所を尊敬し、あまり多くを語らない奴だけど気が合う部分はあると感じていた。

「ああ、お疲れ様。さっき休憩して飲んだから大丈夫だよ。」

隼人はパソコンから視線を健吾に移すと少し笑顔を見せた。

「そっか。隼人はいつも頑張っているよな。俺、同期だけどさ尊敬してるしすごい刺激にもなっているよ」

「何言っているんだよ。健吾こそしっかりやってるじゃないか。今だって大きな契約抱えて頑張っているんだろ?」

「うん、楓と一緒だし、成功させたいと思っているよ。あいつとはよく飲みに行ってるけど、隼人は遅くまで仕事していてなかなか機会がないけどさ、たまには一緒に飲もうぜ。楓も喜ぶからさ。」

隼人と心おきない会話をしていたが、楓の名前を出したことでさっきの染谷との会話を思い出した。

「そういえば、楓は定時で帰ったのかな?」

「ああ、今日はいつもより早く帰ったよ。」

「そっか・・・あいつ誰かと一緒に帰った?」

何だかぎこちない聞き方になる。
染谷から聞いた楓と近藤の話が気になっていたが、何だかハッキリ聞けない。

「いや、一人で帰ったみたいだったけど」

「ふーん。近藤と楓って何かあったのかな?」

染谷が見ていたならもしかして隼人も見たかもしれない、そう思って近藤の名前を出して聞いてみる。

「さあ、分からないけど何で?」

隼人は答えると視線をパソコンに戻した。
『何で?』って聞かれると何となく答えることに躊躇する。

「いや、楓と接待の打ち合わせをしようと思っていたけど、近藤と一緒かもってさっき聞いたからどうなのかな?って思ってさ。悪い、今日はこれで帰るわ。近いうちに飲みに行こうぜ。じゃあ、お疲れ!」

隼人に挨拶するとフロアを出た。
何だか言い訳じみた言い方になったな。結局、楓は近藤と一緒かわからないし。
あれだけ腹へっていて早く食べに行こうと思っていたのに、何だかそんな気持ちも失せてしまった。

今日はとりあえず家に帰ろう・・そう決めると駅に足を向けた。

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