君が好きだから嘘をつく
いつもの残業・いつもの夜に咲季はデスクに肘をつきながら、帰社してきた健吾を目で追っていた。
みんなは彼の変化を感じていないかもしれないけど、咲季が目にする健吾の姿は明らかに違う。
仕事柄一緒にいる時間は1日の中でほとんど無いが、それでも目にすれば違いは感じる。
特に気にして見ているからだろう。
そんな変化はいつからだろうと考えればすぐに思いつく。楓が退職したその日からだ。
彼も感じたのだろうか?喪失感を。彼女の存在の大きさを、そして大切さを。できることなら彼にとって彼女の存在の大切さを愛情という感情で感じて欲しい。そう思いながらいつも彼の表情を探ってしまう。

   -ねえ、どう思っている?-

楓のいない毎日が健吾にとってどう変化をもたらせたのかを言葉にして聞いてみたくなった。それは大きなお世話だけど。
今の健吾の表情を見る限り、そうであって欲しいと咲季は心から思った。
そんなことを考えていると隼人が帰社してきて、そのまま部長のデスクまで歩いて行った。
部長と話している隼人の後姿を見ながら、ふと思いついたことを考える。

「よしっ」

心は決まった。お節介かもしれない、いや大きなお世話だろう。それでも咲季は行動に起こしたくなった。
部長と話が終わり自分のデスクに戻るためにこっちへ向かってくる隼人がそばまで来た時、声をかけた。

「ちょいちょい」

手招きしながら隼人を呼ぶ。

「お疲れ様です」

イケメンに爽やかな笑顔を向けられるのは悪くない。そんな笑顔に向かって、

「お疲れ様。ちょっとここ座って」

そう言いながら隣の席を人差し指の指でトントン叩く。隼人は、『ん?』っと首を傾げながら一瞬考える顔をしたが、素直に隣の席のイスを引いて座った。
健吾のことを相談したいけど、近くのデスクにいるのであまり大きな声で話せない。
だから隣の席に座った隼人との距離をさらに縮める為に、イスを隼人のそばまで寄せて肩を寄せた。
そして更に『ねえねえ』と小声で手招きすると、隼人も顔を寄せてきた。

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