君が好きだから嘘をつく
幸せはここにある
あれから私達の距離はずっと近いものになった。健吾がそばにいてくれる、私を見つめ『好き』と言ってくれる。抱きしめられるたびにドキドキする。片思いで苦しかった感情とこんなにも違うなんて。幸せで怖いって本当にあるのかもしれない。
私達の仕事柄、帰宅時間は遅くなってしまう。その上今は会社も違う。
平日会える時間はちゃんと約束できないけれど、連絡を取り合って週に1回は早く帰れるほうが相手の会社近くまで行き待ち合わせ場所で相手を待つ。そして食事をしてどちらかのアパートへ一緒に帰るようにし、土日はあたり前のように2人で過ごした。
私が早く帰れる時はもちろん美好で待ち合わせをした。
2人が付き合い始めてすぐ一緒に美好に行くと、健吾の隣に立つ私におばちゃんは抱きついてきた。照れくさくて言葉が出ない私に「よかったね」と満面の笑顔を見せてくれた。そして健吾にも同じように「よかったね」と言ってくれた。やっぱりここは私達の特別な場所なんだって思えた。
その美好に今も健吾と向かっている。健吾が駅まで迎えに来てくれた。「迎えに来なくても大丈夫だよ」って言ったのに、「いいから、駅で待ってる」と言ってわざわざ会社から美好と反対方向の駅まで来てくれたのだ。こんなに甘やかされていいのかな?ってふと思ってしまう。

「ねぇ、健吾」

手を繋ぎながら私の歩調に合わせてゆっくり歩く健吾を見上げると、「ん?」と柔らかい表情で少し首を傾げて私を見た。

「健吾って優しいね」

思ったことを言葉にした私に、健吾はふわっと柔らかく笑った。

「今頃気付いたか」

「知っていたけど、思っていた以上にってこと」

そう、今まで長い間そばにいて健吾の優しさは感じていたけど、付き合い始めてからの健吾は私が知っている以上の優しさを見せ与えてくれる。それが私の知らなかった部分で、それを昔の彼女や伊東さんには見せていたと思うと、何だか心がモヤモヤする。自分勝手なやきもちなんだけど・・やっぱり心がきしんでしまう。誰にも渡したくない、健吾の全てを抱えていたい、そんな醜くもある独占欲に自分が負けてしまいそうになる。
そんな私の心が見えたのか、健吾は繋いでいた手を解いてその手を私の肩に置いて優しく引き寄せた。

「楓にはそうしたくなる」

ささやくような優しい声が私の心をほぐしていく。
こうして健吾はいつも私を安心させ、甘やかしてくれる。
その言葉でちゃんと理解しているのに、もう一度甘い言葉を聞きたくなってしまう。

「私・・には?」

「そう、楓だけには」

さっきと同じ柔らかい笑顔を見せて、さっきよりも強く肩を抱き寄せてくれた。
わざと私が聞き返したことも分かっていて、それを気持ちで返してくれる。
こんな健吾を知ってしまったら、もう離れることなんてできない。
歩きながらもそんな幸せについ浸ってしまう。そうしている間に美好の看板が少し先に見えてきた。

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