隣の席の西城くん
「西城くん早いね」
机に荷物を投げた私は、同じようにストーブの前へ並ぶ。
大型の電気ストーブは一方向にしか温かい空気を送り出してくれず、私の手には軽く当たる程度であんまり暖まらない。私の若干の不満を感じ取ったのか、西城くんは少しだけ横へずれてくれた。
そしてそのついでと言わんばかりに、重要なことを教えてくれる。
「今日、日直だよ」
「え、うそ」
ストーブをつけているから、日直ということはわかったけれど・・・そうだった。日直は二人制で必ず隣の席の人とペアになる。だから西城くんが日直ということは、その隣りの席の私も日直ということだ。
忘れていた私を特に責めるでもなく、ゲームから顔を上げない西城くん。
「忘れてたよ、すいませんー」
「・・・それにしては、来るの早いね」
「早起きしちゃって」
チラリ、目だけをこちらに向けてきた。
けれどそれは一瞬で、すぐにそらされてしまった。
「日直の仕事、全部やっちゃった?」
「・・・寒くて、まだやってない」
「だよねー。じゃあ私、花瓶の水かえてくる」
言いながら手を握ったり開いたりしていたら、パッとこちらを向いて、少し焦ったように言う。
「あ、それはいい。僕がやっとく。黒板、綺麗にしてて」
「?・・・わかった。日誌はもうとってきた?」
「それも、行ってくるから」
えぇと、なんだかいろいろやらせてしまっている。
というより、私にやらせてくれない。
「・・・日直好き?」
「?あんまり」
じゃあ、なんで私に仕事させてくれないのだろうか。別に私も日直が好きなわけでは無いので、仕事したいかと言うとそうでもないけれど、仕事をさせてくれないというのはちょっと不満かもしれない。私は頼りにならないと暗に言われているような気分・・・。
そんな不満がだだ漏れな私に気付いた西城くんは、ゲームも中途に、それを近くの机へ置いて・・・。
私の両手を、包み込むようにして握ってきた。
「寒いの苦手でしょ?」
冷えた指先から、じわりじわり相手の熱が移される。
「昨日も手、寒そうにしてたし」
昨日の私は、そんな素振りをしただろうか。
自分でも覚えていないような行動を・・・ゲームばかりしているかと思えば、意外と人のことよく見ている人だ。
「教室の中のことやってよ」
私の手を軽く摩りながら、まだ少し冷たい指先を遠慮がちに掴まれる。
ふと放置したゲームの画面に、大きくGAMEOVERの文字が並んでいるのをぼんやり眺めた。ゲーム好きなのに途中で放ってまで私の手を温めてくれている・・・と考えて間違いないのだろうか。
相手の手が離れた為に、また少し冷たくなったように感じる自分の手を、握ったり開いたりしてみる。
窓際の花瓶を手にして、足早に教室を出ようとしているその背中に聞いてみる。
「西城くん」
なんとなく、本当になんとなく思ったこと。
「・・・私の机に入ってた折りたたみ傘、誰のものか分かる?」
この傘を私の机に入れた人を見たんじゃないのか。それともこれは西城くんの傘なんじゃないのか。
正直、西城くんの傘なのではと、少し確信を持っているのだけれど・・・どちらにしろ彼なら知ってるような気がした。
少し間があってから、西城くんは口を開く。
「・・・知ってるよ」
背中を向けたままこちらに向けられた声だけれど、少しだけ笑っている。
それは、どっちの反応だろう。
「返しておくから、僕の机の上に置いといてよ」
「・・・・・・ありがとう」
何かを探り合うような会話だ。
「誰のものかわかる?」と聞いて「知ってる」ということは、西城くんのものかもしれないし、西城くんじゃないかもしれない。
教室から出て行く背中を眺めながら、私は無意識に冷たく感じる指先に息を吹きかけていた。