隣の席の西城くん

「トトせんせー」

「誰だ、ノックも礼儀もなっとらんやつは」



ドアの前に立ちはだかる棚、積み上がった資料の山、足下にばらまかれたコピーのプリント。
その難所を潜り抜けて、やっとその人の前へと姿を見せることができた。



「ん?なんだお前か・・・」



いくつくらいなのかはわからないけれど、おじさんというには老けている。
おじいちゃんと言うには元気すぎる。
そんなトト先生は、私を私だと確認してからすぐに元の作業に戻ってしまう。



「放課後の資料整頓のお手伝い明日やります」

「・・・珍しい。用事があってもそちらを蹴って和菓子を食べに来てた娘が」

「ちょっと気になることがありまして、そちらを消化しないと気が休まらなくて」

「ほう、それこそ珍しい」



トト先生は、今まで見ていた籠の中のスズメから目を離して、私に椅子に座るように言った。
お茶を出してくれるつもりのようだけれど、正直、授業と授業の間に来ているのであまり時間はない。
まぁでも、先生のいうことは聞かなければならないな。そうだわ。



「それで、なにが気になっているんだ?」

「新しくできたケーキ屋さんのイケメン店員さんについてです」



お茶に口を付けていた先生は、ビックリした顔で私を見る。



「なんだ。花より団子だったお前さんが、いよいよ花を欲しがっとるのか」

「花が欲しいのは私の友人です。私が気になっているのは花の正体です」

「正体?」

「私の隣の席に、西城くんて人がいるんですけども、その店員のことをなにか知っているようで・・・」

「あぁ、西城か。あいつは周りのことをよく知っとる」



意外だ。
覚えの悪いトト先生が西城くんのことを知ってるなんて。

あ、お茶おいしっ。



「それで、『内緒』って言われてしまって気になったので行ってみようかと」

「ほぉぉ。そういうことなら行ってこい。結果報告は忘れるんじゃないぞ」

「はい」



お茶をズズッと飲み干せば、胃の辺りに暖かいものが流れていく感覚。


「それにしても、西城もそんな意地悪が言えたのか。良いことだ」


音を立てずに静かにお茶をすすって、にんまり笑った先生に、私は首を傾げた。



「周りのことばかりに敏感で、警戒心の強い猫みたいなところがあったからな。お前さんは、あいつのことちゃんと見てやるんだぞ」

「・・・はい」


年を重ねた言葉の重さは、バカにできないものがある。
正直なところ、私は友達と思われているのだろうか。思われていたら、いいなぁ。



「授業遅れるぞ」

「トト先生のせいにするから大丈夫です」



来たときと同じく、足の踏み場を考えながら必死に出入口を目指す。



「・・・こんなばか正直だからこそ、あの猫も警戒心が薄れたのかもしれんな」

「はいー?なんです?」

「なんもいっとらん。早く教室行け」

「はーい」



何か言ったじゃないか。
棚が邪魔で全然聞こえなかった。

失礼しました、と扉をしめてから、急ぎ足で教室へ。
先生が最後に何をいったのか気になるけれど、今の私は、ケーキ屋さんのイケメン店員の方が気になっている。




・・・授業中、隣りを盗み見ながら色々な疑問を頭の中で回していたら、すっかり授業内容が頭に入ってこなかった。
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