史上最低のハッピークリスマス
 取引先はサービス業で、日曜祝日は関係ない。

 もしかしたらファックスが来ているかも知れないと考え始めたら、もう麻子は出掛ける支度を始めていた。

 一旦気になり始めたら、じっとしていられないのだ。

 会社の鍵は途中にある社長の自宅に寄って取ってくればいいし、何も問題はない。

 どんよりとした曇り空の夕方、麻子はマフラーを首に巻き、ダッフルコートを着込むと、アパートを後にした。



★  ★  ★



 途中、社長の自宅に寄って鍵を受け取って、会社に着く頃にはすっかり暗くなっていた。

 だが、事務所の電気が点いている。

 首を傾げながら鍵を開けようとしたが、どうやら鍵も掛かっていないようだ。


「どうしたんだお前?」


 事務所のドアを開けてまず視界に飛び込んできたのは、きょとんとしてこっちを見る正幸だった。

 咥えタバコで自分のデスクに座り、何か書類と格闘しているようだ。

 その首もとには、赤いチェックのマフラーが巻いてある。


「受注のファックス、来てるかと思って」


 コートを脱ごうとしたのだが、事務所は異様に寒い。

 見ると、ストーブが点いてない。


「あぁ、例の急ぎのヤツな。あれ、今朝来てたから、段取りだけはしといた」

「あ、そ…」


 これで、慌てて会社に来た用事はもう済んだ事になる。

 何だか拍子抜けして、その場に立ち尽くす麻子。


「あ、せっかく来たんだから、コーヒー煎れてくれない? あっついヤツな」

「はぁ!?」

「寒いんだよ今日は」

「ストーブも点けてないんだから、当たり前でしょ」


 経費削減だよ、という正幸の言葉を背中に受けながらも、麻子はキッチンに向かい、ヤカンにお湯を沸かす。

 コンロの火に両手をかざしていると、事務所からからかうような声が聞こえてきた。


「受注ファックスが来てるか確かめるだけでこんな時間に出勤してくるなんて、余程ヒマなんだな」

「お互い様でしょ! 正幸だって三連休の真ん中に、朝から会社に入り浸ってさ」

「まぁな。やることなくてさー」


 ケラケラと屈託のない笑い声が、事務所に響く。

 つられて思わず笑ってしまう麻子。
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