蜜恋ア・ラ・モード

それから順に生徒さんが来て、教室内では三人の生徒さんがお互いのことを紹介しあっていた。

柳川さんと梅本さんは高浜さんとも年令が近く、すぐに意気投合したみたいだ。

残るはあとひとり。

受講者リストを手に取ると、初心者コースAを指でなぞる。


「有沢薫さんかぁ……」


左腕にある腕時計に目線を移す。時計の針は午後12時58分を指していた。

何も連絡は入っていないから、来ると思うんだけど……。

もし1時を回っても少し待っていようと思って楽しそうに会話をしている生徒さんたちのところに向かおうとした、その時。


「すみませんっ!!」


玄関のドアが激しく開く音がしたあと、そう叫ぶ男性の声が聞こえてきた。

な、何? 一体何ごと?

一瞬洸太? とも思ったけれど、あいつに限って『すみません』とは言わないだろうし。よく考えて見れば声が全く違う。それに洸太でも、あんな激しいドアの開け方はしないだろう。

じゃあ誰が来たというのか。バクバクする心臓を押さえていると、今朝洸太に言われた言葉を思い出す。


『なんで鍵開いてるんだよ』

『女のひとり暮らしなんだぞ。俺だから良かったもんの、知らない奴だったらどうするつもりだったんだ!!』


あちゃ~、失敗した。この時間はこの人しか来ないという、私の勝手な思い込みが招いた結果がこれだ。

でもここで、生徒さんたちを不安な気持ちにさせちゃいけないよね。だって私はこの教室の責任者なんだから。

うんとひとつ頷き拳を握って勇気を奮い起こすと、玄関に向かって足を踏み出す。

いつもより音を立てて廊下を進み、突きあたりを曲がると……。


「有沢薫です。遅れてすみません。僕でも料理ができるようになりますか?」

「有沢……薫?」


その名前を聞いてもすぐに理解ができず目をパチクリさせている私に、彼が微笑みかける。



この有沢薫との出会いが、私そして洸太を交えた“蜜恋”の始まりだった───







< 21 / 166 >

この作品をシェア

pagetop