ヒートハート
どうして、イブのデートをなんの相談もなくキャンセルできるの。
いくら仕事でも、早く切りあげられるよう、ちょっとくらい頑張ってよ。
そして、私と会ってよ。
もう、やだ。
考えれば、暗くなるだけの気持ちを仕事にぶつける。
仕事に逃げ場を見いだすのは不本意だけど、仕事があってよかったとすら、思ってしまう。
気づけば、ブラインドの降りた窓の向こうは、闇夜が広がっている。
「お先」
背後から左肩を軽く叩かれて、愕然と振り向く。
そこには、同僚の彼女がバッグを肩に携えて立っている。
髪の毛はきちんとゆるいウェーブにセットしなおされている。
イブデートだけに、ふだんのデートとは気合いの入れ具合が相違するんだろう。
だからって、いつのまに。
「え、もう帰るの?」
「何言ってんの、定時のチャイム、鳴ったけど」
「そうだっけ」
我ながら没頭していたせいで、チャイムの音すら耳に届いていなかった。
でも、パソコンの時間を確認すれば、すでに5時半を過ぎている。
あんなメールさえ来なければ、私も今ごろはいそいそと帰宅の支度を始めていたのに。
「帰らないの?」
「まだ仕事残ってるから」
「そんなの、ほっといて帰ろうよ。デート、あるでしょ」
「それが聞いてよ、ドタキャンされたんだよね」
「ドタキャン!? そんなの、ありえない!」
「ほんとありえないよね」
「その彼、イベントとか記念日を大事にする女心、わかってないよ」
ちょっとは言いすぎかと不憫に思うけど。
憤慨してくれる彼女の言うとおりだ。
女にとって、イベントや記念日などの節目がどれだけ大事か。
複雑な女心を、もっと勉強してほしい。
まあ、優しいところもあるけど。
私が高熱を出した時、自らキッチンに立ち、慣れない手つきでおかゆをつくってくれた。
そういう優しさに惚れなおした。
けどやっぱり、それとこれとは、話が別だ。