ヒートハート

イベントは大事だし、彼にも私と過ごす時間を何よりも大事にしてほしいと思う。

わがままかもしれなくても。


ねえ、と彼女をうかがう。

私を気にかけてくれるのは、嬉しいけど。



「時間、大丈夫?」

「あっ、やばい」



手に持っていた携帯で時刻を確認するや、彼女の顔がさっと青ざめる。

時刻はもう5時50分近くをさしている。

予約時間は6時半と話していたはずだから、会社の近辺ならともかく、急がないと間に合わなくなるだろう。



「じゃあ私、急ぐね」

「報告、待ってるから」

「明日、楽しみにしてて」



手のひらをひらひらと振る彼女は、小躍りするように髪の毛をひるがえして大慌てでフロアをあとにする。

幸せが溢れだす後ろ姿だ。

きっと、明日出社した彼女の左手の薬指には、プラチナの指輪がきらめいているだろう。



何度目かとなるため息がこぼれかけて、マグカップを手にとる。

口につけると、コーヒーはすっかり冷めてしまっている。

私と彼との関係も、もはやこんなふうに冷えてしまっているんだろうか。


コーヒーは温めなおすことはできるけど、私と彼とはどうだろう。

その余地は、残されているんだろうか。

どんなに考えても、その答えはどこにも見つけられないのに。


また吐きだしかけたため息をコーヒーでなんとか飲みくだし、脚を組みなおしてパソコン画面と対峙する。

手を黙々と動かす。

ひとつ、またひとつと目の前の仕事が減っていく。




それでも、携帯は鳴らない。




よし、これで終わり。

はじくようにエンターキーを押し、上書き保存をする。

明日に残す仕事がなくなって爽快なはずなのに、妙にむなしい。


ツールバーの時刻は、すでに10時をさしている。



デスク越しに見渡せば、フロアで残業している人も、いつしかまばらだ。

誰かと約束していたり、家で家族が待っていたりして、早々に切りあげたに違いない。

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