レース越しの抱擁
イヴに“キラ”と呼ばれた男は困り果てる。
―――キラは大企業の代表取締役。27歳と言う若さでその確固たる地位を会得した実業家。
だから金銭にも困った事はなく、彼女であるイヴの欲しがる物は、全て手に入れた。どれだけ高くともイヴのためなら大金は叩く事を惜しまない男。
今日だってそうだ。予めイヴの欲しいと言った物をメモり、買いに行ったのだ。普段なら大量のプレゼントに喜ぶ筈が、今回はどうだろうか?
何故か、イヴは怒った。
理由が分からず困るキラ。とりあえず、投げ付けられたハイヒールを拾い上げる。
「イヴ。この色がイヤなのか?なら今から取り替えに、」
「違う!私はそんな物が欲しい訳じゃない!」
「何が欲しいんだ?イヴの望む物なら買ってやる」
「もう!違う!本当にキラは何も分かってないわ!私が欲しいのは“買う”事が出来ないの!」
初めはいつもの我が儘かと思った。色がイヤとか。デザインがムリだとか。てっきりその程度の事だとキラは思った。それなら幾らでも金で解決出来る。しかし、イヴは言う。お金ではどうにもならないと。