ウェディング・チャイム

 打ち上げのある今日は、定時退勤日。

 いつもは遅くまで残っている先生方も、飲み会に備えてほぼ定時に帰っていく。


「よし、道具は全部積んだ。じゃあ、六時に藤田ちゃん家へタクシーで迎えに行くから、それまでに準備しといて。その後、渋谷ちゃん家に寄っても十分間に合う」

「わかりました。あ、八木先生はどうやって来られるんでしょうか?」

「八木先生はほら、旦那さんがいるから、一緒にタクシーだってさ。旦那さんの学校も学習発表会だったから、飲み会もカブったって言ってたし」

「なるほど~。同業者で結婚すると、行事ってだいたいカブっちゃいますよね」


 市内の学校は、だいたい同じ時期に運動会や学習発表会を行うことが多い。入学式や卒業式もほぼ同じ。

 それで以前、自分の子どもの入学式のために、勤務先の高校の入学式を欠席した担任教師のことがニュースで出ていたけれど……。

 ぼんやりそんなことを思い出していたら、甲賀先生が私の目の前に金色のボトルを差し出した。


「藤田ちゃん、あんまり酒強くなさそうだから、ドーピングしとけ」

「これ、もらっちゃっていいんですか?」


 肝臓の働きを助けるドリンク剤を手渡され、意味ありげに笑われてしまった。


「もちろん。家を出る前に飲んでおけば、ちょうど乾杯する頃には効く」

「はぁ……こういうのって、オジサンが飲むものだと思っていました」

「そうそう! 俺もよく飲むから……って、藤田ちゃんからオジサン扱いされるとちょっと凹むな……」

「あ、いや、あの、そういう意味で言った訳じゃないんですけど!」

「オジサン、だよな……俺、来月で三十五になるし。四捨五入したら四十だし……」


 私の顔をちらりと見て、肩を落としている。

 わざとらしくいじけているところがちょっとずるいとは思ったけれど、ここはちゃんと訂正しなきゃ後が怖い。

 慌てて訂正しようと思った私が叫んだひとことが、職員室に大きく響いた。


「甲賀先生はとっても素敵ですっ!」



 ……今まで聞こえていた、お喋りやキーボードを叩く音が一瞬にして消えた。

 どうやら私、この場にそぐわない話をしてしまったらしい。しかも何か大事な単語が抜けているような。


 不気味なほど静まり返った職員室で、ぼそっと甲賀先生が呟いた。


「ありがとう。藤田ちゃんも素敵だよ。今夜も素敵な状態を維持するために、頼むからこれを飲んでくれ」


 そう言って金のボトルを掲げられたのを、私も、そして周りの先生方も見て苦笑した。

 ああ、またやっちゃったよ、私。

 飲む前から真っ赤になったであろう頬の熱を意識しつつ、職員室を後にした。

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