ウェディング・チャイム

 職員室でこの話をすると、担任を打診されたけれど事情があって断った先生方にとっては、嫌味に聞こえてしまう恐れがある。

 だから自分で作成する方が早いのに、わざわざ私に学年通信を頼んで「借りを作ったから体で返す」なんていう名目を作ったのでしょう? 

 年下の教員を「ちゃん付け」したり、口調やノリは軽いけれど、甲賀先生は思っていたよりずっと思慮深い人だったんだ……。

「足手まといになるかも知れませんが、精一杯頑張ります。卒業式の日、みんなで一緒に笑うのが目標です!」

「そう、今は辛いことの方が多いかも知れないけれど、終わりよければすべて良し、だからさ。辛いけれどやりがいだけはどんな仕事にも負けない。特に卒業学年の担任は最高の経験ができるよ」

 手に持っていた画鋲を床に置いて、甲賀先生が私に握手を求めた。素直に私も手を差し出したら、力強く握られた。

 身体と同じ大きな手に、私の冷たい手が包まれる。

 あったかくて、気持ちのいい握手。

「一年間、よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

「……ここだけの話、藤田ちゃんが引き受けてくれて、俺、すっげー嬉しかったんだ。この学年に来てくれて、ホント大歓迎。これで俺もあと一年、ここの学年主任の仕事を頑張れるって思った」

「え、どうしてですか?」

 
 担任未経験の私を、こんなに歓迎してもらえる理由がわからない。

 多分、他のベテランの先生と組んだ方が絶対仕事はやりやすかったはずなのに。

「内緒。話すと業務に支障が出そうな大人の事情って奴。さー、仕事の続きをやるぞ」

 そう言って、甲賀先生は学校教育目標のひとつである「仲良く」を壁に張り付けた。
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