【短編集】あいとしあわせを祈るうた


「うわあ!広いっ」

予想よりずっとゴージャスで贅沢なお部屋。
ちょうどいい温度。ちょうどいい絨毯の踏み心地。外国っぽい、甘くてエキゾチックな香りが室内を満たしてて。


洗練されたフォルムの革のボックスソファは、イタリアのカッシーナかな?
カップルでイチャイチャするのにちょうどいい感じ…


「マジすげーな…リビング付きの部屋とか。そんでベッドもすげー…」


あー。そこに目がいくよね。ベッドルームの真ん中にはキングサイズのベッド。ピンと張られた真っ白なシーツの上にはバラの花びらでハートが形作られている。


「うわ。お前1人で泊まるのにこれってマジ嫌がらせじゃんなー」

「うっさいなー…せっかくいいもの見せてあげようとしてるのに」


妙齢の男女が同じ部屋にいるのに、メイクラブでベッドを使用する予定なし。
この場合、バラをセットしてくれた人には無駄な努力をさせてしまったことになる…ごめんなさい。


ベッドの横を素通りして、ボイルカーテンをそっと開けてみた。


「ねえ、すごいよ!哲也見て!」

視界に飛び込んできたのは、赤を基調とした眩いばかりの輝きを放つ東京タワー。色とりどりのビジューを散りばめたような夜景を従え、堂々たる主役ぶり。


「東京タワーってこんなに綺麗なの…知らなかった」

「ああ。俺、こんなに近くで見たの初めてだ…」


バルコニーに出た私たちの頬を夜風が撫でていく。ほろ酔い気分が最高に気持ちいい。今夜はさほど寒くないし。


「本当綺麗。このホテルにして良かったな」


しばらく無言で景色を眺めた。


「…なあ、まさみ」

「ん?」

「俺らがさ、幼稚園の年長だった頃した約束って覚えてる?」


夜風に哲也の前髪が優しくなびく。哲也の大きな二重まぶたの瞳にいくつかの灯りが灯っている。
少し目が潤んでいるみたい。


「ん…新しい折り紙買ったら取り替えっこしようとか?」

「だー!違うって。そんなんじゃねえし。ヒント。七夕パーティーのあとだよ」

「七夕…あー、私が織姫で哲也が彦星で劇やったよね…」

「そうそう。あー、じれってえなあ。酔いに任せてぶっちゃけるわ。
七夕の劇のあと、まさみが大人になったら、てっちゃん結婚しよって俺にいったの。
そんで俺がいいよって答えて、じゃ約束ねって教室の隅で指切りしたの!」


ほろ酔いかつ、バルコニーが暗かったから、哲也はこんな話出来たんだと思う。

なんておませでかわいいエピソードなんだろう。なんか笑いがふつふつこみ上げてくる。でも…正直、私、覚えてない。


結婚しようなんてセリフは社交辞令みたいなものだと思ってる。何人かに戯言みたいに言われたことあるんだけど。



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