ウノエイジ
理系の大学は女子が少ないという理論はうちの大学にも大いに当てはまる。ツイッターで回ってくる情報(友達がキャンパス内にいないので唯一の情報源がツイッターだ)によると、今年度の女子率が1割を超え、学長は入学式で万歳三唱したらしい。そんな馬鹿な。
そしてその低割合はこの実験室の中でさらに低下して女子は20人中1人だ。その女子と同じペアになったやつは5%の幸運を掴んだわけだ、と計算をし、いや19分の1だから確率はもっと高いな、と考え直して、そもそも女子とペアになったら緊張してしまって何も出来ないかもしれない、と宇野は結論づけた。
実際の相方である森田は予習無し宣言をしていたが実験前に教科書を読んでいたのが効いたのか、ひとつひとつ確認しながら順調に操作を進めている。宇野が間違ったボタンを押しても、「あれ?次押すのそれ?」と柔らかく指摘できるほどだ。
「あっ、ちがっ…ごめん…なさい…」
始まる前は頼られっぱなしだったらどうしよう、なんて考えていたので余計に恥ずかしい。
「いや、大丈夫だって。俺もさっき押し間違えたし。」
このボタン妙に押しやす〜いところに配置してあるよな〜、と笑いながらやり直す森田に益々申し訳なくなってきて、恐縮してしまう。
「ごめん…」
途端にプハッと森田が噴き出し、何事かと顔を見上げたら結構な声量でワハハと笑いだした。
「ごめんって…もしかしてこのボタン配置したの宇野?」
もちろん違うし、そのことについて謝ったわけではないが、なんとなく、面白い気分になって一緒に少し笑った。
その後の作業はふたりとも操作に慣れてきてサクサクと進んだ。工程が順調で気分が乗ったのか、森田は測定しながら雑談を挟んだ。
「も〜去年の実験とかキツかったな。俺まじ単位ギリギリで…泣きながらレポート書いたよ〜」
「はは…おれも、過去レポなかったら単位とれなかったかも…」
「あ〜そういえば過去レポ貰わなきゃ。まだだ〜」
心の壁を感じさせない社交的なこの男には過去レポをくれるような友達が沢山いるのだろうな、と想像し、その束の間の話し相手である自分と比べてしまって口を閉じた。
「過去レポ持ってる?あ、やべ…なんか違うスイッチ入れた…」
「あ、それそのままで大丈夫。次、使うから…」
「あ、そうなの?おーけーおーけー、俺最初からわかってたって〜計算通り。」
「はは…」
過去レポを貰うチャンスが目の前で消えていく気がする。かと言って「持ってません」とわざわざ伝えるのもカッコ悪い。まあいいやと諦める。こうやって諦めるからダメ人間になっていくんだろうな、とまた内省モードになる。今は森田という比較対象が側にあるから余計に自分の人間性について色々と考えてしまう。
どうせおれは、この男みたいに明るく社交的になんて無理だし、今更友達つくるのも面倒だし、というか、みんながおれを遠巻きにしてるっつーか、こいつはぼっち決定、みたいな認識されてて、誰も寄ってこないし、友達とか本当、今更…
「あ〜やっと終わった。お疲れ〜」
「…お疲れ様」
授業の終了時刻を20分くらいオーバーして実験は無事に完了した。それでもまだ教室には半数近くの人が残っていて、早めに操作のコツがわかってよかった、と胸を撫で下ろした。机の下からカバンを引っ張り出し、荷物を仕舞い終わると、森田もちょうど帰り支度が済んだところだった。必然的に同時に席を立つ。
「おい森田、もう終わったのかよ。」
向かいの机から声がかかった。どうやら森田の友達らしい。隣に座るこの実験室の紅一点も森田を見上げて声をかける。
「ねえ、分かんないんだけどー。教えてよー。」
「分かんないこたないだろ。これの操作にコツがあんだって。」
宇野は森田を横目で見つつ小さく会釈して教室を出た。別に1度実験のペアが一緒だっただけで、今はもうほぼ他人と変わりない。過去レポどうしようかなあ。なんだかグラフの考察が難しそうなんだよなあ。と、ひとり溜息をついて建物の外に出た。空はまだ明るかったけど遠くの方に真ん丸な月が白く浮き上がっている。雲、晴れたんだな。と上を向いて歩く。4月というのは春なのに意外と寒い。風が吹くと服の隙間から冷たいものが上がってくるような感覚になって、上着の前を閉めながら大学の裏のバス停へ道を曲がった。
そしてその低割合はこの実験室の中でさらに低下して女子は20人中1人だ。その女子と同じペアになったやつは5%の幸運を掴んだわけだ、と計算をし、いや19分の1だから確率はもっと高いな、と考え直して、そもそも女子とペアになったら緊張してしまって何も出来ないかもしれない、と宇野は結論づけた。
実際の相方である森田は予習無し宣言をしていたが実験前に教科書を読んでいたのが効いたのか、ひとつひとつ確認しながら順調に操作を進めている。宇野が間違ったボタンを押しても、「あれ?次押すのそれ?」と柔らかく指摘できるほどだ。
「あっ、ちがっ…ごめん…なさい…」
始まる前は頼られっぱなしだったらどうしよう、なんて考えていたので余計に恥ずかしい。
「いや、大丈夫だって。俺もさっき押し間違えたし。」
このボタン妙に押しやす〜いところに配置してあるよな〜、と笑いながらやり直す森田に益々申し訳なくなってきて、恐縮してしまう。
「ごめん…」
途端にプハッと森田が噴き出し、何事かと顔を見上げたら結構な声量でワハハと笑いだした。
「ごめんって…もしかしてこのボタン配置したの宇野?」
もちろん違うし、そのことについて謝ったわけではないが、なんとなく、面白い気分になって一緒に少し笑った。
その後の作業はふたりとも操作に慣れてきてサクサクと進んだ。工程が順調で気分が乗ったのか、森田は測定しながら雑談を挟んだ。
「も〜去年の実験とかキツかったな。俺まじ単位ギリギリで…泣きながらレポート書いたよ〜」
「はは…おれも、過去レポなかったら単位とれなかったかも…」
「あ〜そういえば過去レポ貰わなきゃ。まだだ〜」
心の壁を感じさせない社交的なこの男には過去レポをくれるような友達が沢山いるのだろうな、と想像し、その束の間の話し相手である自分と比べてしまって口を閉じた。
「過去レポ持ってる?あ、やべ…なんか違うスイッチ入れた…」
「あ、それそのままで大丈夫。次、使うから…」
「あ、そうなの?おーけーおーけー、俺最初からわかってたって〜計算通り。」
「はは…」
過去レポを貰うチャンスが目の前で消えていく気がする。かと言って「持ってません」とわざわざ伝えるのもカッコ悪い。まあいいやと諦める。こうやって諦めるからダメ人間になっていくんだろうな、とまた内省モードになる。今は森田という比較対象が側にあるから余計に自分の人間性について色々と考えてしまう。
どうせおれは、この男みたいに明るく社交的になんて無理だし、今更友達つくるのも面倒だし、というか、みんながおれを遠巻きにしてるっつーか、こいつはぼっち決定、みたいな認識されてて、誰も寄ってこないし、友達とか本当、今更…
「あ〜やっと終わった。お疲れ〜」
「…お疲れ様」
授業の終了時刻を20分くらいオーバーして実験は無事に完了した。それでもまだ教室には半数近くの人が残っていて、早めに操作のコツがわかってよかった、と胸を撫で下ろした。机の下からカバンを引っ張り出し、荷物を仕舞い終わると、森田もちょうど帰り支度が済んだところだった。必然的に同時に席を立つ。
「おい森田、もう終わったのかよ。」
向かいの机から声がかかった。どうやら森田の友達らしい。隣に座るこの実験室の紅一点も森田を見上げて声をかける。
「ねえ、分かんないんだけどー。教えてよー。」
「分かんないこたないだろ。これの操作にコツがあんだって。」
宇野は森田を横目で見つつ小さく会釈して教室を出た。別に1度実験のペアが一緒だっただけで、今はもうほぼ他人と変わりない。過去レポどうしようかなあ。なんだかグラフの考察が難しそうなんだよなあ。と、ひとり溜息をついて建物の外に出た。空はまだ明るかったけど遠くの方に真ん丸な月が白く浮き上がっている。雲、晴れたんだな。と上を向いて歩く。4月というのは春なのに意外と寒い。風が吹くと服の隙間から冷たいものが上がってくるような感覚になって、上着の前を閉めながら大学の裏のバス停へ道を曲がった。