彼女の世界が変わらぬ理由
「あれ、森山どうした?」
なかなか飛田に近づけない久米が、振り返って十夜を見た。
「ちょ…な、なに泣いてんだよっ?」
久米に驚かれ、はじめて自分が涙を流していたことに気づいた。
こんな人前でみっともない。
慌てて腕で涙をぬぐったが、止まらなかった。
溢れ出して、止まらない。
どうして忘れていたんだろう、この気持ちを。
どうして忘れていたんだろう、あの情景を。
こんなところでまだ、自分の絵が生きていたなんて。
「描かなきゃ…」
「は?」
「俺、帰る」
「ええ?」
「早く帰らないと…」
十夜は戸惑う久米を置いて、階段を駆け上った。
飛田にこの絵の作者について色々聞きたかったが、走りだした気持ちが止まらない。
早く描きたい。
絵を。
大好きな絵を、描きたい。
こんなに純粋な気持ちは、久しく忘れていた。
手が動かないから何だ。
思うように描けないから何だ。
絵は、心で描ければそれでいい。
そして森山十夜はふた月後、あの絵を完成させた。
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