婚恋

悲しい嘘


・・・・堕ちていく
どうしようもないくらい好きで・・・
そんな陸のキスに堕ちていく・・・
どうしよう・・・
思いが喉まで込み上げるのをキスで止められている様だった。

今ここで本心を伝えたら私は楽になれるかな・・・

今まで何人かの人を好きになった。
結婚したいと思う人にも出会ったがそれは叶わなかった。
そんな時、近くにいてくれたのは陸だった。

そして私はその時初めて陸とキスをした。

あのキスは結婚がダメになった事よりも衝撃的だった。

でもあの時よりも今は何倍も苦しい。
恋ってこんなに苦しいものなのだと初めて知った。
それなのに・・・
どうしてそんな優しく甘いキスをするの?
勘違いしちゃうじゃない。

欲張りになっちゃうじゃない。
割り切れる自信がキスされる度に脆くなる。

それなに・・・
何度も角度を変えながら繰り返されるキスに
私は陸の服を掴んでそれを受け入れていた。
矛盾してるよ。

突き放さないと後で泣くのは自分だよって事はわかっているのに・・・

だけど回が増すごとにキスは深いものへと変化している。
唇が離れて見つめ合うがお互い何も言葉を交わさず
言葉のかわりに再びキスが繰り返される。

どうして何も言わないの?
このキスの意味は?
苦しいよ・・・
もっと力強く陸にしがみついて陸に
何を思ってこんなキスをするのか問いただしたいのに
それすらも怖くて出来ない。

そう思ったら身体が勝手に陸を拒絶した。
掴んでいた服から手を離してその手で陸の胸を強く押した。
唇は弾けるように離れて
お互いの視線だけがぶつかっていた。

「春姫・・・」
陸は少し驚いた様な声で名前を呼びながら私の頬に手を当てた。
「・・・やめて・・・」
聞こえるか聞こえないかくらいの弱弱しい声で訴えるが
その手は離れなかった。
「どうして・・・泣くの?」
泣いているなんて言われるまで全く気がつかなかった。
陸は自分の人差し指で私の涙を拭った。

「・・・・・・」
答えられる訳がない。
もしここで本音をぶつけたら結婚式なんて出来ない。
「春姫?」
陸の親指だけじゃ拭いきれないほど涙が溢れる。
「・・・さしく・・・やさしくしないでよ!・・・こんなキスしてくれなくたって
結婚式ではちゃんと陸の相手を務める・・・だからこんな・・・キスしないで!」

「春姫・・・おい…落ちつけよ。あのキスはー」
その続きを聞くのが怖くて私は手で涙を乱暴に拭いながら咄嗟に言葉を繋げた。
「知ってる?今日最初に写真を撮ってくれたあの中年のご夫婦・・・
私たちを見てなんて言ったと思う?『彼は君の事を愛してる。もっと自信を持ちなさい。
そして彼を手放しちゃダメだよ。』なんて言ったのよ。陸どんだけ役者なの?笑っちゃうよ。
でも・・・勘違いされたこっちはいい迷惑よ」

思ってもいない事を言うことで自分の本心を隠し通そうとした。
もちろん陸の顔は見ずに・・・
「・・・お前、それ本心なの?」
・・・なんで陸がそんな寂しそうな声で聞くの?
「・・・」
「なぁ、今のは本心なのかって聞いてんだよ!」
声を荒げる陸に私も同じような口調で答えた。
「本心に決まってるでしょ?」
「じゃあ!なんで・・あんなキスすんだよ。嫌ならすぐに拒絶したら
いいじゃないか!拒絶したくない理由があったんだろ?」
なんでそんな意地悪な質問するのよ・・・・
悔しいのと悲しいのと苦しいのでおかしくなりそうだった。
「・・・・意味なんかない・・・」
そう答えた時だった。
陸は何も言わす車のエンジンをかけた。

そして陸は私の家に着くまで一言も言葉を発することはなかった。

家の前に車が止まると私は荷物を持って助手席のドアを開けた。
なんて声を掛ければいいのかわからず
黙って降りたら陸が私の名前を呼んだ。
だがその声は淡々としたものだった。
「・・・じゃあ我儘言いますが結婚式よろしくお願いします」
私は今の自分の顔を見られたくなくて振り返りもせず
「はい」とひと言だけ言葉返した。

車の動く音と共に、涙がとめどもなく溢れ目の前の玄関のドアノブも
歪んで見えた。
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