婚恋
婚恋

母と娘

一足先に家についた私は、お風呂の用意をしてお風呂に入った。


「明日結婚するんだ・・・・偽物だけど・・・」
まるで他人事の様ないい方をしてしまうのは
自分は陸に本当のお嫁さんとして迎え入れられてないから・・・
百恵さんの代わり・・・・
どんな言葉も私に向けられるものじゃない。
頭ではわかっているが、明日ちゃんと花嫁役としてこなせるのか
正直自身がなくなっていた。
こんなネガティブになっちゃいけないってわかってるのに

感情を押し殺して役に徹していればいいのだけれど
・・・出来るだろうか・・・

ずっと考えながらお風呂に入っていたため
のぼせそうになった。
慌てて風呂から出て着替えを済ませると
冷蔵庫から缶ビールを取って2階の自室のベランダに出た。
「ふ~~っ気持ちいい~~」のぼせかけた身体に外の風はとても心地よかった。。
この時だけは何だか心が無になった状態だった。

たまにはここで飲むのもいいよねと。勝手に決め込み缶ビールをあけ
一気に流し込む。
炭酸が喉を通る時の感覚が堪らなく好きだ。
そして飲めるとこまで飲んで一気に息を吐く。
「・・・っか~~!おいし~~い」

そして残りのビールを一気に飲見干す。
その時ちょうど夜の空が視界に入る。
星が綺麗・・・・
「明日は晴れるかな・・・・」
そんな事を思いながら部屋に戻るとノックする音が聞こえた。
「春姫~起きてる?」
母だった。
「起きてるよ」
母が遠慮がちに部屋に入って来た。
「ごめんね、私だけが先に帰ってきて・・・」
でも母は、いつものように笑って首を横に振った。
「いよいよ明日ね・・・」
「うん・・・・」
何だか不思議な気持ちだった。母とこうやって私の部屋で話すのは
何年振りだろう。
「なんか・・・娘が嫁ぐ時ってどんなんだろうってずっと思ってたのね。
 春姫の場合はちょっとだけ違うんだけど・・・それでもね、なんかさ~
 春姫の小さい頃の事を思いだしたら何だか少し寂しくなっちゃって」

母は部屋に飾ってある小さい時の私の写真を指でなぞりながら鼻をすすっていた。
「お母さん!何言ってんの?私は明日本当の花嫁になる訳じゃないのよ。
式が終わればここに戻って明日からまたいつもの毎日。朝ご飯を家で食べて
仕事に行って・・・って・・」
そう自分言いながら胸の奥がきゅーっと何か掴まれた様な感覚が襲う。
本当はそうじゃない明日が欲しい・・・だけどそれは望んではいけない。
熱くなる目頭を母に見せないように下唇を強く噛んだ。

だがそんな一つ一つの表情を見過ごす母ではなかった。
「春姫・・・あなたは昔からすぐに顔に出る子ね。」
「・・・・・」
「好きなんでしょ?陸君の事・・・」
「お母さん・・・・・」
「何年あなたの母親やってると思ってるのよ。」
母のその一言で今までの思いが込み上げてきた。
そしてそれは涙と共に溢れだした。

「好きなの・・・陸の事が・・・でもそれに気がついたのが
招待状が届いた時だった。ずっと近くにいたから気付かなかったの。
それが急に百恵さんとの結婚がダメになって代役の話が出た時
ほんの少しの間だけ・・・陸と一緒にいられる。この思いが叶わなくても
・・・嘘でもその時だけは陸は私の隣に立ってくれるって思って
引き受けたけど・・・式が近付けば近付くほど陸への思いが大きくなるの。
でも陸には・・・百恵さんしか見えてない・・・・私はただの代役
この式が終われば陸とはさようなら…そう思うと苦しくて・・・
自分で決め明日た事なのに・・・残された思いはどうしたらいいんだろうって
思ったら・・・・・」
思いと同じ重さの大粒の涙が溢れる。
これ以上泣いたら化粧のノリが良くないのはわかってるのに
止めようとしても止まらなかった。
そんな私を母は私を抱きしめ頭を撫でてくれた。
「そっか・・・春姫は陸君が好きだったのね。・・って私は
わかってたけどね。」
「・・・・え?」
「そんなの陸君がいる時の春姫を見ればすぐわかるわよ。
知らぬは陸君と春姫・・・あなた達だけよ・・・」
母は抱きしめる腕を離すといきなりでこピンをしてきた。
「・・・いった~~い。お母さん?」
「いい?明日の式はあなたが主役なの!堂々と陸君のお嫁さんとして
 式に臨む事。そして・・・今の思いをちゃんとぶつけないさい!
 振られたっていいじゃない。だって元々春姫は告白前に振られてる
ようなものじゃない。それが運よく陸君のお嫁さん役に選ばれたんだから
・・・言ってみれば陸君は今フリーな訳よ。もしかしたら運よく
イエスって答えてくれるかもよ。グジグジ悩んでいるくらいなら
当たって砕けろ!」
なんだろう・・・この妙な説得力。
言ってる事はふられる覚悟で告っちゃえって事なんだよね・・・
「・・・簡単に言ってくれるよね」
「なんで?好きですって言うだけじゃん。」
「はいはい・・・」
なんだかあんなに泣いていた自分がバカバカしく思えてきた。
そんな私を見て安心したのだろう。
立ち上がると
「やっぱり春姫は笑顔が一番だよ。じゃあ・・おやすみ」
「お母さん!」
やっぱり母にはかなわないと思った。
「ん?」
「今までこんな私をここまで育ててくれてありがとうございました」
明日、そのまま帰ってくると思う。
告白してもふられるかもしれない。
だけどどうしても言いたかった。
母親への感謝の気持ちを・・・
「ちょ・・ちょっと・・やだ~~。不意打ちは困るわよ。
まさか言われるなんて思ってなかったから・・・・もう・・」
びっくりしている母の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 
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