十年戦争

「よし、それでは今から本軍に戻る」
ドアの向こうで遠くなっていく声を聞いてドア越しに座り込むユリ。


「どうして…バカ……死にに行くなんて…」
うずめた顔から小さな声が聞こえる。

「バカにバカと言っても仕方がないよユリ」
高い鼻がユリとそっくりな男性がそっと声をかけた。

「お父さん…」
あげた顔には涙が濡れていた。

「少し昔話をしてあげよう」
ユリの父親は目の前に座って、ゆっくり口を開いた。




「人間、いや動物が一番恐れるものは死だ。それはわかるよね。しかし、ある男は一番の恐怖は何か。と聞かれたときにこう答えたのさ。『大事な笑顔を失う事だ。笑顔を守りきれば私の命は絶えない。そう思う』」

「その男って?」

「誰もが知っている英雄セラ・トーライドだよ。セラはね、死なんて恐れてなかったんだ。一番怖かったのは大事な人を失う事だったんだよ。しかし彼も人間だ。命は絶えた。でもねわかるかい。彼は死にに行ったんじゃない。守りにいったんだ。それを覚えておいてくれないか?」

「カイは…どうなんだろう?」

「アイツは今日の朝。言ってくれた『今までありがとうございました。ユリには内緒だけどさ、ぜってー帰ってくるから、この家で待っといてくれな』」

「それって…」

「そうだよ。この国を、この家を、ユリを、守るためにカイはそういう道を選んだんだろうね。そう思うよ」

「私は何にも出来ないのかな?」

「そうだなぁ…カイが帰ってくるまで笑顔で居てあげなさい。それが一番大事だよ」

父親は娘をそっと抱きしめた。

二人分の涙は床に弾けた。



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