レンアイ不適応者
「…だい、じょぶ、です…はい。わたし…ひと、りで、かえれ、ます。」
「そんなにちゃんと喋れてない藤峰さんは一人で帰れるはずない。」

 酷い言われ様だ。しかしそこまでばっさり雅人に言われるのも、なかなかに珍しい。

「言いますね、山岸、先生…。」
「藤峰さん相手にならなんでも言うよ。」
「山岸先生は…酔ってない…んですか?」
「少なくとも、藤峰さんより飲んでないと思うし、藤峰さんより強いし。」
「…私も弱く、ないんですけど…。」
「知ってるけど、今日はハイペースだったんじゃないの?」
「…久々に、いっぱい…飲んだかも。」

 特に吐き気はないけれど、頭の中がふわふわする。足元が覚束ない。元々お酒を大量に飲む方ではない杏梨にとって、こんな状態になるのは初めてだった。

(…最近お酒に弱くなったかも。すぐふわふわしちゃう…。)

「前は…こんなこと、なかったんです…けど…。」
「疲れもあったのかもしれないね。ここからだと、バスかな。バス停行くよ、バス停。」
「…そんな、悪いですって。山岸先生の家、駅裏じゃないですか…。」
「そうだけど、心配だから。」

 『心配だから』という言葉が、酔った頭の中にダイレクトに響く。全くもって都合のいい頭だ。自分を甘えさせてくれる言葉を敏感にキャッチしては、別の意味で酔わせてくる。

「…甘やかさないで、ください…。」
「え?」
「社会人です、私だって。」
「知ってるよ?」
「甘やかされたら…甘えたくなります…。」
「別に甘やかしているつもりなんか全然ないんだけど…。」
「…山岸先生はそういうところが天然なんですよ…タチが悪い。」
「あれ、俺の悪口?」
「…悪口じゃ、ありません。」
「じゃあ何?」
「…嫌いなところが見つからない。甘えていいって…思っちゃう…。」

 口が滑る。滑ってるような気がする。理性なんかもう、多分、欠片ほどもないのだろう。
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