jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
無言になった香さんの表情が気になるが、怖くて見上げることはできなかった。
そのとき、冷え切った体が春を感じるような温もりに包まれた。
(香さん・・・・・・?)
「もう、何も言わなくていい。分かったから、蕾の気持ちはちゃんと分かったから。僕がこんなに人に積極的になるなんて・・・・・・自分でも怖いくらいだ。だけどね、本気になってはいけないんだ。君を罪に染めたくはない。どうして、運命というものはこんなに残酷なんだろう? 僕に何を与えようとしているんだ・・・・・・どうしろと言うんだ・・・・・・」
混乱して熱くなった香さんを、全く怖いとは思わなかった。
(香さんも同じなんですか?)
そう聞きたかったが、離れる勇気はもうどこにも残っていなかった。
いや、初めから離れられない運命だったのだ。
わたしたちは引き寄せられるようにできていた。
互いにどういう境遇であろうと、関係ないくらいに。
わたしは軽く香さんの腰に腕を回した。
香さんが驚きで体を少し強張らせたのを感じたが、それはすぐに緩まった。
「蕾・・・・・・」
「はい・・・・・・」
「僕の立場を聞きたいか?」
(聞きたくない・・・・・・)
「知らないほうがいいのでしょうか?」
「あぁ、聞くと離れてしまうだろう」
(分かってる・・・・・・)
「いつか、聞きたいと思っています。それでも一緒にいられることを願っています。わたしたちはお互いに空いた穴を埋め合うために出会ったのです。今は深いことは考えたくありません」
「あぁ、今はこのままで・・・・・・」

これが、わたしたちの出会いだった。


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