jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
扉を開けてベルを鳴らすと、香さんが瞳でお出迎えしてくれる。
何も言われなくても分かる。
「いらっしゃい」と言われるだけでも分かる。
愛していると瞳は語りかけてくるのだ。
わたしも返す、愛していると。
重なった視線は、絡みに変わり、甘いときを紡ぐ助長をしてくれる。

「今日はカレーなんだね?」
香さんは、椅子に座ったまま、時計の修理に熱を注ぎながら呟いた。
「はい。たまにはいいかなぁって。オーソドックスなメニューですし・・・・・・カレー、嫌いですか?」
「そんなことないよ。カレー、いいじゃないか」
時計に息を吹きかけて埃を飛ばしながら、細部に目を凝らす香さんを見ていると、‘カレにとってカレーはどうでもいい話なんだ’と微妙なダジャレを思いついてしまった。
(まっ、いっか。作ろうっと)
靴を脱いで、いつものように階段を上がり、キッチンへと向かった。
荷物を部屋に置いて、わたしは鞄の中からエプロンを取り出した。
実は、今日初めて香さんの家でエプロンをするのだ。
年齢差があるので、多少の融通は利くだろうと思い、普段はしないようなパステルピンクにレースが付いたエプロンに挑戦してみた。
鏡に映ったわたしは、童顔の力も借りて、何とか国のお姫様のようにみえた。
しかし、カレーが脳裏に浮かんでくると、浮かれた家政婦のようにもみえてきた。
もう少し、自分に優しくしようではないか。
わたしは、香さん専用のメイドだ。




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