jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
包丁とまな板を取り出して、野菜を並べた。
(絶対に指は切らない!)
今日も自分にそう言い聞かせながら、包丁を握る手に力を込めた。
理由は簡単だ。
少女マンガのようなシチュエーションに陥らないようにするためだ。
主人公の少女が料理をしている最中に指を軽く切ると、イケメンの青年がその指を舐める。
なんてありきたりな流れであろうか。
それ以上進むと、わたしの目の前にはイエローカードが飛び交うだろう。
そのカードの表紙には、秀斗の顔が描かれているのだ。

鍋の中で、カレーがグツグツと空気を含むほどに、スパイシーな香りが飛び交い、鼻腔を刺激した。
(カレー最高!)
1人でテンションを高めていると、後ろから声が聞こえてきた。
「ご苦労様。進んでる?」
「えっ!? あっ、はい。進んでます。あと、味見をしないと・・・・・・」
横にきた香さんの、キンモクセイのような甘い香りが、カレーと混ざった。
味見用にあらかじめ準備しておいた小皿を探したが、見当たらなかった。
(あれ? まな板の横に置いたはず・・・・・・)
オドオドしていると、香さんがツッコミを入れてきた。
「味見に小皿なんていらないよ。スプーンだって」
そう言うと、鍋に入っていたおたまに少しカレーをすくって、息を吹きかけ始めた。
(そっか。一番手っ取り早い方法ね)
もうそろそろ冷めただろう、香さんはおたまを口元に運ぶはずだ。



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