雪の足跡《Berry's cafe版》

 八木橋は通話を終えた後、給湯室で湯を沸かしコーヒーを入れてくれた。何も会話は無い。ちゃぶ台を挟んで、ただコーヒーを飲む。私はただ、呆然としていた。初めて入る八木橋の部屋というのもあったけど、それ以上に外泊という事実に心が沈んでいた。


「トイレと風呂は共同。でもユキは客のフリして露天風呂行けよ」
「……うん」
「飯は社員食堂からここに持ってくるから」
「……うん」
「この部屋にあるモンは何でも使っていい」
「……うん」


 車から荷物を降ろしに行ってくるから、と八木橋は部屋から出て行った。コーヒーの湯気を眺める。八木橋を待たずにお昼で上がれば帰れた。今頃自宅に着いてる。ガスオーブンで焼き上がったケーキを冷まして、私が飾り付ける。小さい頃からそうだった。父は、ユキの誕生日なんだからいいだろう?、と口実を付けて昼間から飲んでいた。母の料理をつまみ食いしても母は今日だけねと笑う。毎年同じ光景……。

 しばらくして廊下が騒がしくなる。酒井さんと八木橋の声がした。入るぞ、と言いながら八木橋が板を抱えて入ってくる。酒井さんもバッグを持って入ってくる。酒井さんが私を見て驚いた。


「えっ?」


 八木橋は、そういうことだから、と板を壁に立てかける。荷物を酒井さんから受け取り、サンキュ、と言った後に酒井さんに手の平を出した。


「返せよ」
「何を」
「合い鍵だろ。また勝手に合コンされても困るし」
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