雪の足跡《Berry's cafe版》

 しばらくして握っていた八木橋の携帯が鳴り出した。画面には酒井さんの名が表示されていて、私は通話ボタンを押す。酒井さんは、これから板を持ってくから待っててね、とだけ言った。板は無事に戻ってきたみたいでホッとしつつも、酒井さんの片言の沈んだ話し方が気になった。何かあったんだろうかと不安になる。


「青山さん、お待たせ」


 入口から酒井さんが手を振っていた。ゴーグルを被りグローブをはめながら外に出る。酒井さんは、下りられる?、と優しく声を掛けてくれた。近くには切断されたワイヤー錠が落ちていた。

 酒井さんに先導されるように彼の後ろをゆっくりと滑る。いつもは陽気な酒井さんがおとなしく滑っているのも変だと感じた。麓のレストハウスが見えてホッとした。スクール小屋の目の前で板を脱いだ。酒井さんに続いて中に入る。


「え?」


 扉を開けて驚いた。八木橋が左手で額にガーゼを当てていた。右手には消毒液。


「ヤギ……?」


 ちらりと私を見て、痛え、と両手でガーゼを押さえる。


「悪い、逃げられた。痛え……」 
「ヤギあんまりしゃべらない方がいいよ。あのね、青山さん」


 そう言うと酒井さんはコトの次第を話してくれた。追い掛けたが犯人は途中でコースから外れて林の中に逃げて行った。恐らく、麓のレストハウス前に酒井さんやスタッフが待ち構えてるのを見越していたのだろう。八木橋は木々をくぐり抜け、それでも必死に追い掛けた。犯人は迫る八木橋に板を諦め、板を脱ぐと八木橋に向かってストックと共に放り投げた。それはうまく交わしたが、更に追い掛けた八木橋に犯人は持っていたペンチを投げ付けた。まさかもう投げるものは無いと油断していた八木橋は避け損ねて額で受けてしまった、と代弁した。


「すぐ下に車がスタンバってて、共犯者がいたみたいだな」
「そうじゃなくて」

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