雪の足跡《Berry's cafe版》

 2本目のレース、八木橋は無事に滑走した。

 1本目のレースの滑走順とは逆のリバース順。大会連覇の掛かった選手と上位常連の選手が280を超える高得点を叩きだし会場は一気に活気付く。その後の異様な緊迫感の中、八木橋は滑走した。その点数には及ばなかったものの279という得点を出して順位を上げた。八木橋はガッツポーズをし、外した板を持ってコース外に出ると真っ直ぐに菜々子ちゃんを抱き上げに行った。当然菜々子ちゃんはギャラリーの中の私を目敏く見付けて嘲笑う。

 私はずっと見ていた。1本目は怖くて目を逸らしたけど、2本目は見ようと思った。見なくちゃいけないと思った。八木橋の“負けねえから”の台詞に私も感化されたのもある。でもそれより私のために滑ると言われたような気がしたから。

 久々に見た八木橋の滑る姿。颯爽と滑らかに雪面を撫でる。自然体で景色に溶け込むように下りて来る。初めてあのゲレンデで見た時を思い出した。私は息も出来ないくらいに見取れていたことを。

 携帯の着信音が鳴り、見れば八木橋からのランチの誘いだった。返信を打ち、指定されたレストハウスに向かう。何を話そう、何から話せばいいんだろうと考える。格好良かった、素敵だった、と試合の感想を言うべきか、ずっと連絡もせずにいたことを詫びるべきか、それとも“覚悟”は出来たと伝えるべきか、私の頭の中は必死にシュミレーションする。本当のところは、八木橋に会えることに緊張していてドギマギして、考えることで自分を落ち着かせようとしていた。だって、会いたくて、会いたくて、仕方のなかった人。


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