雪の足跡《Berry's cafe版》

 私もゴーグルを嵌め、斜面を滑り下りる。前方をゆっくりと蛇行する八木橋の跡を追い掛けた。

 二人でスキーを楽しむ。暖かい陽射しの春スキー。リフトに乗れば酒井さんの噂話をしたり、レストハウスのケーキがリニューアルしただの、八木橋の日常の話を聞いた。私も薬局長の話やら母の話をした。しばらく時間を忘れて滑っていたけど、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて夕方になる。人も疎らなゲレンデ、明日は日曜だしナイターまでいてそれから帰るのも不可能じゃない。でも八木橋は私の帰りを心配するだろうし、いつまでも一緒にいたいだなんてコドモみたいで、自分から切り出した。リフトに乗り、八木橋に言った。


「ゆ、夕方になっちゃったね。そろそろヤギも帰るでしょ? これ下りたら……」
「いや……」


 八木橋がまた黙り込む。


「あ、スキークラブの人達と打ち上げ?」
「いや……」


 言葉を濁す八木橋。私には言えない予定があるのか不安になる。


「……大会予備日で明日も休暇は取ってあるんだ」
「や、やっぱり皆で集まるの? スキーヤーの飲み会って」
「……週末なんて滅多に休み取れねえし」


 八木橋はストックで板に付着した雪を払う。ストックをいじるのは、何か言いかける時の八木橋の癖。


「ユキの親父さんに挨拶だけさせてもらえないか?」
「は……」


 だから線香だけでも上げさせてもらえないか、と八木橋は呟くように言った。




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