雪の足跡《Berry's cafe版》

 1週間程して柏田さんから連絡が来た。美味しいケーキ屋さんを見付けたのでと誘われる。念入りに化粧をして春物のワンピースに袖を通す。迎えに来てくれると言ってくれたけど、遠回りになるからと断った。


「ケーキ屋さんが始めたレストランらしいんです」


 待ち合わせたのはこの前八木橋と来たオーダーバイキングの店。柏田さんは注文した後は行儀良く座っていた。八木橋みたいにケーキ棚に向かったりしない、山盛りサラダにがっついたりしない。素行が違う。素敵なお店ですね、と知らないフリで褒めると柏田さんは笑顔になった。この人となら穏やかな生活が出来る、八木橋とみたいに喧嘩腰に電話でやり合ったりしない。

 前菜が届くと、生魚に乗ったレモンの輪切りを柏田さんは器用にフォークとナイフで搾った。


「あの柏田さん、何故……」
「どうかしましたか?」
「柏田さんは何故今までご結婚されなかったんですか?」
「僕はモテませんし、アイドルオタクですし」
「え……あ……」


 真に受けた私を、冗談ですよ、と柏田さんは笑った。


「うーん、正直に言うとモテ期はあったかな」


 柏田さんは再び笑うと話し始めた。柏田さんが県庁に就職する頃、世の中はバブルの最中だった。どの業界も景気が良く就職難民だの就職氷河期だの、そんな言葉は無かった。就職活動なんて形ばかりで面接さえすれば採用、そんな企業ばかりだった。給料もボーナスも民間は良くて、公務員を選んだ柏田さんは学友からは馬鹿にされた。

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