雪の足跡《Berry's cafe版》

　その酒井さんが出してくれたインスタントコーヒーを半分だけ飲んで小屋を出た。味なんてしない。香りなんてない。それは私がいつもレギュラーを飲んでるからじゃなく、酒井さんが粉をケチったんだと思った。八木橋はあれからずっと無言だった。混み始めたリフト乗り場で私を庇うように足を進めていたけど、顎でしゃくる訳でもなく、一昨日からの惰性で一緒にリフトに乗り込む感じだった。

　八木橋の彼女。スキー場でナンパしたなら彼女もウィンタースポーツをやる人。八木橋の滑りに魅了されて彼女から声を掛けたんだろうか、八木橋から声を掛けたんだろうか。お姫様抱っこをしたなら彼女もスキーヤー？　合コンしたならグループで来てる筈。私みたいに一人でチェーン巻いて来ちゃうような図太い女じゃなくて、きっと友達連れでシャトルバスに乗って来て、可愛い女の子なのかもしれない。

　１本目のリフトを下りて、八木橋はロマンスリフトに向かう。私は後を着いていく。ついて来いって言われた訳じゃない。行かない選択だってあるのに、何とは無しについて行く。こう、磁石で吸い寄せられるように無意識で。一緒に乗る。私も無言でいた。だって口を開いたら彼女のことを聞いてしまいそうで怖かった。八木橋には何の関係もない、私。

　ロマンスリフトを下りる。右手に曲がる八木橋の後を追う。この３日足らずのうちに染み付いた習慣。お揃いのウェア、シリアルナンバー入りの板、ストック。皆は振り返って、きっと熱々のカップルだと思っている。もし、こんな姿を見たら彼女はなんて言うだろう。


「か、彼女いるのに最低」


　斜面を前にグローブをはめ直してる八木橋に向かって言い放った。


「……」


　聞こえないのか八木橋は返事をしないばかりか、振り向きもしない。


「お揃いのウェアも板も買っちゃったものは仕方ないけど、一緒に滑るなんて彼女可哀相じゃない」


　八木橋はストックを握り直して雪面に刺し、ジャンプをすると呟いた。


「……アホ」
「アホ？？」


　八木橋は勢いを付けて斜面を下りはじめた。