雪の足跡《Berry's cafe版》

「なんか……想像してたのと違うから」
「何が。部屋が、か?」
「ううん。式を明日に控えて、もっと幸せっていうかワクワクしたり緊張したりするのかって思ってたけど……」
「けど?」
「寂しい……」


 浦和の家を思い出していた。ドアを開ければ父や母がお帰りなさいと出迎えてくれた家。キッチンからはいつもいい匂いがしてつまみ食いをして母に怒られて。でも今日ここに来たときは当然ながら誰もいなかった。惣菜の香ばしい匂いも無かった。


「そうか……ごめんな」


 八木橋は謝ると私を抱き寄せた。


「ヤギのせいじゃない」
「いや、俺のせいだ」
「ヤギ……」


 八木橋がぎゅっと私を抱きしめる。せき止めていた何かが弾けて涙が零れる。八木橋の胸でわんわん泣いた。泣き続けた。泣いている間、八木橋は何も言わなかった。私が恋雪を失ったときと同じ、ただ黙って私を受け入れてくれた。泣き疲れて涙も出なくなり、私は八木橋から離れた。


「ごめんな、ユキ」
「わ、私こそ、ごめん」
「なあ明日は……」


 八木橋は少し屈んで私の顔を覗き込む。そして目尻を指で拭いた。


「明日は笑おう」
「うん」
「だから今日は泣きたいだけ泣いていいから」


 八木橋は再び私を抱き寄せた。


「うん。でも大丈夫。もう十分泣いた」
「そうか」


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