雪の足跡《Berry's cafe版》

 ミニキッチンに足早に向かう。蛇口のレバーを上げてお湯を出すと、そのレバーを下げられた。


「俺、洗うよ」


 私の背後から回り込むように手が伸びていた。背中に八木橋の体が当たる。


「爪、傷が付くんだろ?」
「あ、うん……」


 八木橋はそれぞれの手で私のそれぞれの手をそっとすくうようにして、私の胸の辺りで止めた。


「こんな爪してるから料理なんてしないのかと思った」
「それは偏見……」


 そう言い返そうとすると、首筋に息を感じた。鼓膜が心臓であるかのようにドクドクと音がする。首をすくめてしまう。思わず指に力が入り、思わず八木橋の手を指先で軽く握り返す形になってしまった。それを機に八木橋の吐息が更に近付いた。背中に接する八木橋の体の面積が広がる。自分の二の腕に八木橋の二の腕が密着する。私の手を乗せていた大きな手が私の手を離れて私の胸の前で交差する。私は体を強張らせた。それが八木橋にも伝わっているのか、私の体をふんわりと包むように抱きしめる。


「たった……」


 八木橋が呟いた。


「たった3日で……」


 しばらく八木橋はそのままだった。逃げようとすれば逃げられる。腕を振り解こうとすれば振り解ける。そうやって私に選択をさせている。私もそのまま動かずにいる。恥ずかしいのを堪えて、飛び出しそうな心臓を押さえて。動かないことが私の意思表示だと。


 そして八木橋はぎゅうっと私を抱きしめた。頬を私の耳上の辺りに擦り付ける。


「たった3日で……俺、軽い、か?」




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