雪の足跡《Berry's cafe版》
 リフトを降りて左手に向かう。すると突然、右腕をつかまれた。振り向くと八木橋さんが私の板に横付けして私の腕を掴んでいた。


「な、何するんですか!」


 八木橋さんは向こうの初心者コースを顎で指す。


「もう、危ない。膝が笑ってるだろ?」


 確かに私の足は疲れてた。早朝から車の運転、午前中だって緩いコースとは言え、嬉しくて滑りまくってたし。でも八木橋さんの言うことを素直に聞くのも癪だった。私はブンブンと腕を振って彼の手を解いた。そしてコブのコースを目掛けてストックを押す。

 午後の雪は重かった。天気は晴れたり曇ったりだったけど、日なたの雪は溶けて水を含んでる。足も取られる。でも大丈夫。私にはこの板がある。そんなことを考えてるうちに私はあと少しのところで足を取られて、思い切り転んでしまった。急斜面で転んだからすぐに止まれる訳もなく、横向きに尻餅をついたままズルズルと滑り、ようやくコブ3つ目で止まる。板を谷側に垂直になるよう向きを直し、立ち上がろうとした時、エッジを立てて止まる音がした。同時に急に雪が舞い上がる。そしてその雪が落ち着くと顔面にはストックが差し出されていた。八木橋さんだった。つかまれよ、と顎でしゃくる。悔しいけどそのストックに捕まる。八木橋さんが引き上げる。私は足を梃にして立ち上がった。ちゃんと口で言えばいいのに。

 その後は林間迂回コースをゆっくりと滑った。林の間から景色が見え隠れする。眼下の湖面は晴れると光を鏡のように反射させ輝き、曇ると深いブルーになる。時折、赤いウェアが私の横をすり抜け、追い越していく。そして背中を向けたまま挨拶をするようにストックを上げて、姿が消えていく。
< 8 / 412 >

この作品をシェア

pagetop