マッドメシア


「君を殺しに来たんだ」


優しい表情とは裏腹に、その口から紡ぎだされた言葉はなかなか物騒なもので少々反応に困ったけれど、あとほんの少しくらいなら彼の痛々しい妄想に付き合ってやる気力と体力が私にはあった。



「私を?なぜ?」

「君に頼まれたから」

「頼んだ覚えはないけれど」

「未来の君から頼まれたんだ」

「そう。未来の私は元気?」

「殺されたよ」

「どうして?」

「真実を語ったから」



なるほど。

タイムスリップものってことね。

そして、未来では悪の組織か何かが世界を征服しちゃったとか、おそらくそんなとこ。


嫌いじゃないけれど。


「もう少し設定を練った方がいいんじゃない?」

「別に信じなくてもいいよ。どうせもう君は死ぬんだから」



相変わらずの笑顔で、彼はもともと手に持っていた拳銃をこちらへ向けてさっと構えた。

小道具まで用意しているなんて、病状はかなり深刻らしい。



「できれば、毒殺がいいんだけど」

「贅沢言わないで」


にこりと笑って、さりげなく安全装置を外す彼のその手つきに、もしかしたらなんていう疑念が私の中で浮かんだ。



―――もしかしたら彼は、ただの中二病患者ではないのかもしれない。



「死に方を選ぶのは贅沢なことなの?」

「大半の人間は自分の死に方なんて選べないよ」

「未来の私は言ってなかった?優しく殺してあげてねって」

「言ってなかったよ」

「そう。だったらせめて、一発で心臓を貫いてね」

「了解」



死ぬ覚悟があったわけじゃない。

けれど、どちらでもいいと思っていた。

彼がやっぱりただの中二病患者であったとしても、本当に未来からやって来た未来人だったとしても、どっちでもよかった。



「どうしたの?手が震えてるけど」


拳銃の引き金を引くのには実はかなりの力がいるというのを聞いたことがあるけれど、そんなに固いのだろうか。

小刻みに震える銃口から、少し嘲笑うように彼へと視線を移せば、彼は弱弱しく笑った。



「さすがの俺も応えるよ、生みの親を殺すのは」

「生みの親?私はあなたのお母さんなの?」

「正確には違う。俺は君のお腹から産まれたわけじゃないから」

「つまり、どういうこと?」

「つまり、この時代で言うところのロボット、否、アンドロイドってことかな」

「あなたは人間ではないの?」

「さぁ。どうかな?俺は人間かもしれないし、人間じゃないのかもしれない」

「アンドロイドなんでしょ?」

「アンドロイドみたいなもの、だよ」

「でも、作られたものなんでしょう?」

「そうだよ。でも、それを言うなら君も作られたものだ。君は証明できるの?自分が人間だって」

「そういう理屈っぽい人は嫌われるわよ」

「余裕だね、君は。銃口を向けられて、こんなに穏やかな表情の人間はなかなかいないよ。もしかして、これ、偽物だと思ってる?」

「偽物だとは思ってないけど、でも本物だとも思ってないわ。どっちでもいいの。それが偽物で事なきを得たとしても、それが本物で今ここであっけなく撃ち殺されたとしても、どっちでもいい」

「そっか、君はアレだね。あまり生きることに執着しないタイプだ」

「未来の私はそうじゃなかった?」

「うん、未来の君は生きようとしてたよ。そして、自分が死んだあとの未来を見て、君を殺すよう俺に命じた」

「ややこしい話ね」

「そうだね、人間はややこしいからね」


すべてを達観しているみたいな、そんな言い方だった。


彼は、自分の世界に酔いしれてるだけのただの痛い奴なのか、本当にSFの世界からやって来たアンドロイドなのか。

私は考えることをやめた。

なぜだか、今そのことが、私にとってあまり重要ことだとは思えなかった。


< 2 / 8 >

この作品をシェア

pagetop