血よりも愛すべき最愛

「出きることならば、僕は君を独占したい。ここに居続けてほしい。ーー君は本来、誰にも縛られるべきではないこの世の奇跡。大衆より崇められる歴史ともなろう美を、このような狭い鉄の鳥籠に閉じ込めるなどと神でも許されることではない。しかしながら、君はか弱い。こんな僕に捕まってしまうほどのか弱い存在だ。手に届く場所にある奇跡を捕まえた今、手放したくはないのだよ。

君を、鳥かごの中で囲いたい。傷つけず、眺めていたいのだよ。いつでも僕の手の届く場所にあるのだと安心していたい。他の誰にも渡らぬよう。君という奇跡の偉大さを分からぬ下衆の目と手に触れぬよう守りたい。下界は嫌だろう?さぞ、生きにくいことだろう?」


思い当たる節である顔の傷が痛んだ。

ネズミのように生きてきた身ならば、いっそ、この男の庇護下にいた方が良いのではないかとも思える甘言にも聞こえた。

しかして未だに承諾しないのは、アイヴィーが“自身に惚れた男”であるのは違いないから。


今までの男と違うのは明白だがーー“いや、もっとそれ以上に狂っているのかもしれない”。人の心は見えない。ミアは知らずと、彼から距離を取った。

昨晩のように、彼はミアの腕を掴まえたりはしない。こうなることは予見出来たかのように、むしろ肩をすくめていた。

「出口はあちらだ。希望あらば、下まで見送ろう」

こちらとすれば、肩すかしな申し出だった。あちらと指差す扉は先に出口と思った物と違う物。

「逃げても、いいんですか……」

言いながら、逃走するべき者の台詞ではないとミアは顔を赤くする。恥ているが、彼がそれを笑うことはない。

「構わないよ。言ったが、君は僕ごときが独占していいものではない。鳥や蝶、羽ばたくことが出来ることを閉じ込めてはいけない。自由を奪うとはそのものの生きる糧を奪うことにも等しい。僕は君を愛した。涙を流すほどに恋をした。その人の生に幸福を願い、自由に羽ばたいてもらいたいとも思っているーーだが」

開けられた扉。さあ、と手を示される。
とても優しい振る舞いと想いのはずが、扉向こうの薄暗さ同様の気配(不安)がミアにまとわりついた。

「そんな綺麗ごとを並べれるほど、“よくある恋”ではないのだよ。何百年目にしての初恋は。君のため、君のためならば。もちろんそれが第一前提。君のためならば、僕はきっと君を自由にすることも出来るだろうが、ともなれば、この想いはどこに行けば良いのか。体内に留まるほどの量ではない。かといって外に出せる物でもない。君がいなければ、どんな告白もただの独り言。意味がない。それこそ永遠に君に愛を囁きたいというのに、肝心の君がいなければーーいったい、僕はどうするか」

答えなど、誰でも分かるだろう。

「何度逃げようとも、僕は何度も君を捕まえる。何度でも“自由になればいい”。その度に“迎えに行こう”」

今この時、己の運命が決まってしまったとミアの足はかかしとなった。

自由になろうとも、その瞬間に連れ戻される。優しさを孕んだ傲慢。愛を称する独占欲。それに魅入られてしまった時点で、ミアの全ては彼の物となってしまう。

抗えはしない。することは出来るが、結局は鳥かごの中での抵抗だ。無駄な足掻き。

「君の自由を奪う分、君の望む物は何でも揃えよう。欲しい物があれば言うのだよ」

それが唯一の自身に出来る詫びであるとアイヴィーは言うが、ミアには欲しい物はなかった。

唯一の欲しいものは、ずっと昔になくなってしまったから。

首を横に振る。何か言いたげなアイヴィーだったが、彼女を傷つけてしまった自身がここにいてはと部屋を後にする。

「お母さん……」

いつか、こうなるとは思っていた。
昔から男に言い寄られ、異常な執着ぶりも目の当たりにしてきた。

狭い部屋に閉じ込められたこともあった。これはそれの延長線上にあるに過ぎないことだ。

あの時は、母が助けてくれた。でも、今はーー

「……」

涙が傷に染みる。自分で拭うしかないのだけど、ふと、テーブルの上にハンカチがあったのが目に付いた。紅茶を飲んでいた時には気付かなかった。誰が置いていったのかは聞かずとも分かる。

白いシルクのハンカチだった。汚してしまうのが申し訳ないほどのものだったが。

「……、どうして」

温かさが残るハンカチに、そう呟いてしまう。

優しさを孕んだ傲慢。愛と称する独占欲。
なのにどうして、そこに確かな愛情を感じてしまうのか。

母親にも並ぶような、お日様みたいな愛情をーー










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