揺れて恋は美しく
店に入った美沙の目に先ず飛び込んで来たのは、柱の陰から店内の様子を伺うママの姿。

「ママ?」

「美沙ちゃん!」

心配そうに美沙の身体を触り気遣うママに美沙は優しく微笑み、それを見たママも表情を笑顔に変えた。

「あっ、あのお客さんは?」

「それがほら、あそこ」

ソファーに座りタオルで鼻を押さえているあの男性客は、自分の前で方膝をつくスーツに赤いネクタイの男と何やら話しているようであった。

「あの人は?」

「あの子がほら、美沙ちゃんを指名したお客さん」

「私を…」

「何話してんだろうねぇ」

スーツの男は男性客の手を取り何かを手渡し、男性客はそれをポケットにしまうと立ち上がり出口に向かう。
男性客に身構えるママと美沙だったが、男性客は思いの外低姿勢で、軽く頭を何度か下げてそそくさに出て行ってしまった。

「あっ、お金! まだ貰ってないわよ」

「あぁ、それなら僕が」

スーツの男が近寄って来る。
美沙は疑うような眼差しでスーツの男を見詰めるが、ママは簡単に身なりを直して笑顔で迎える。

「あら、よろしいの?」

「ええ、構いません。僕の方に付けといて下さい」

「じゃあ、遠慮なく」

そう言うとママは無意味に腰を振りながらカウンターの方へと向かっていった。
終始笑顔の男に、美沙が話し掛ける。

「本当に宜しいんですか?」

「ええ」

「でも…」

「おかしいですか?」

「え? いえ…その…」

「見ず知らずの人間が、何故そこまで? と?」

「ええ…まぁ…」

「…綺麗になった」

「えっ?」

「いや、答えは簡単」

スーツの男はカウンターに向かい、満面の笑みで領収書を差し出すママにお金を渡し会計を済ますと、高そうな革財布を懐にしまいながら美沙の元へと戻って来る。

「あなたが、素敵だからです」

「えっ?! いや、でも、私は…」

「本当は男だとでも?」

「いえ…」

美沙は少し困惑した様子で、だけどその瞳は当初の疑うような眼差しとは明らかに違っていた。

「なになに? 何の話し?」

ママが割り込んで来たことで、スーツの男はそれ以上話さず名刺だけ美沙に渡し店を後にした。
受け取った名刺を見詰める美沙。

「瀬野正樹(せのまさき)さん」

「なに?」

覗き込むママ。

「やだぁー。社長じゃなーい」

ママは名刺を奪って他の従業員に見せに行った。美沙はただただそこに立ち尽くしていた。
< 2 / 45 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop