揺れて恋は美しく
薄暗く静かなBARでは溶けて崩れる氷の音がBGMであるかのように、それに浸り、それに酔いしれ、誰しもが自分のペースを乱す事無く酔いを深めていく。
カウンターで飲む一人の男を除いて。

「蒼太(そうた)くーん」

軽いノリで現れたのは赤ネクタイの瀬野正樹。彼は、一人ぐったりとした様子で酒を飲む男の隣に座った。

「桐島(きりしま)蒼太くーん」

泥酔状態の男が半開きの眼で、瀬野を睨むようにして見る。この男は、美沙を連れて店を飛び出したあの男である。

「睨むなよー」

「ちっ…」

「その様子だと上手くいかなかったみたいだな?」

瀬野はマスターに桐島と同じ物を頼み、マスターは返事をする事無く無愛想な感じでお酒を造りだし、そんなマスターに瀬野が質問する。

「何杯め?」

マスターは指を二本立てて見せ、それを見た瀬野は呆れたように言った。

「たった二杯かよ」

マスターが出来たお酒の入るグラスを瀬野に差し出すと同時に少し顔を近付け、呟くように低い声で言った。

「ボトル」

「ボトル!?」

マスターは頷くと一歩下がり、おもむろにチョコ棒を食べだした。

「飲めねぇのに無理しちゃって」

そう言って瀬野が桐島の方を見ると、桐島はカウンターに頭を伏せて寝息を立てていた。

「まさかな…。本気じゃ、ないよな?」

眠る桐島を見る瀬野の表情は雲っていた。
グラスの氷がコンと音を立て、更に夜は更けていく。


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