レイプ

 さあ、電話して。と男に促されて、澪は胸が弾みそうになるのを宥めながら、アドレスから母の名前を選び出す。

 呼び出し音が鳴って、携帯電話に耳を当ててすぐ、母の声が聞こえてきた。

「澪? どうしたの? もしかして学校に傘を持っていくのを忘れた?」

「ううん、違う」

「お母さん、今忙しいのよ。あと五分で午後の会議が始まるから」

「でも、あのね」

「急ぎじゃないなら帰ってからにしてくれる? じゃあね」

 そう言って、今にも切られてしまいそうな流れに慌てる。

「お母さん――っ」

 待ってよ、と呼び止めようとした声が携帯電話から遠のいた。

 いつの間にか手の中から携帯電話が消えている。

 目を見開く澪の隣で、滑らかな口調で話しはじめる男の声に気がついた。

「高野澪の母親だな? 娘を預かってる。……いや、誘拐したと言っている。そうだ。警察には報せるなよ? 金についてはまた連絡する」

 携帯電話の中から、母の金切り声が聞こえたけれど、男はためらいなく通話を終わらせた。
 そして、電源まで落としてしまう。

「GPSがついてたら面倒だからな」

 そう言って、男は後部座席に転がす。

「ねぇ」

 澪はシートの上を転がって、ふたりの間にぽつりと置き去りにされた携帯電話に目を落としながら聞いた。

「身代金請求しなかったわよね? どうして?」

「今はまだいいんだよ。母親がパニクって父親に電話して、とりあえず帰ることになるだろう? ちゃんとした取引はそれからなんだよ」

「ふぅん」

 説明をされても、正直澪にはよくわからなかった。

 ただ、澪の制服から有名私立の学校だと知って待っていたことから察すれば、誘拐は魔がさして衝動的にしたことではなく、周到に準備していたということなのかもしれない。
< 5 / 14 >

この作品をシェア

pagetop