極上の他人
近づく思い



私は輝さんのことを何も知らなかったと気づき、終業時間までずっと落ち込み続けていた。

輝さんのお店に行くかどうかも悩んだけれど、やっぱり輝さんの顔が見たくて、残業を早々に切り上げお店に向かった。

落ち込みの原因を深く考えないようにして、無理矢理明るい気持ちを作る。

単純に、明日がお休みなら今日行かなければ来週までおいしい夕食にありつけないと、自分に言い聞かせながら。

それは、全くの嘘ではない。

輝さんが作る料理はもっぱら薄味の和食が多くて、バーという店からはちょっと異質な印象を受けるけれど、バーボンにちくわの甘辛煮が意外に合うなんて、輝さんに教えてもらうまで知らなかった。

お料理の才能が皆無の私には、目の前に出されるお料理全てがおいしくて、ありがたい。

輝さんは、私が好むものをどうやら見抜いたらしく、いつも『おまかせでいいだろ?』と言っては適当に幾つかのお皿を並べてくれる。

そのどれもが私の舌に合って、既に私の胃袋は輝さんのお料理にぐぐっと掴まれている。

私たちが恋人同士なら、私が輝さんの胃袋を掴むのが普通なんだろうけれど、卵焼きすら満足に作れない私が男性の胃袋を掴むなんて論外だ。

生涯そんな機会が訪れることはないだろうし、お料理上手な輝さんを、本当に尊敬してしまう。


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