幸せになるために
「え!?」


な、何でこのタイミング!?


それまでとは違う意味合いで心乱され、テンパるオレの腕の中で、吾妻さんは「ぷ」っと小さく吹き出す。


「アハハハッ」


次いで、いかにも『もう堪えきれない』という感じの、盛大な笑い声を上げた。


「そ、そんな爆笑しなくても…」


今日のお昼はパンとスープだけだったから、腹の虫がかなりのご立腹で…。


「アハハッ。いや、だって、ダイレクトに耳に飛び込んで来たからっ…」


息も絶え絶えに言葉を発したあと、吾妻さんはオレの手から抜け出すようにして顔を上げた。


「ハァ~、ほんと、比企さんて良いな~」


そしてしっかりと、視線を合わせて来る。


「確か初めて会った時もお腹を鳴らしてましたよね?」

「そ、そういやそうだったね」


赤く充血した、水分過多のその瞳にドキリとしつつ、オレは吾妻さんの頭からパッと手を離し、一歩後ずさった。


「何だかすっごい食い意地が張ってるみたいで、こっ恥ずかしいんだけど…」

「どうしてですか?健康的で、微笑ましいじゃないですか」


そこで吾妻さんは、まだ若干乱れている呼吸を落ち着かせるように数回深呼吸を繰り返してから、続けた。


「……すみませんでした。みっともない所をお見せしてしまって」


メガネを外し、どっちの感情で溢れたのか分からない涙を服の袖で拭き取りながら。


「みっともなくなんか、ないよ」


そこでオレは声のトーンをちょっとおちゃらけたものに変えた。


「オレだって前に、思いっきり泣いちゃったじゃん。しかも鼻水のオマケ付き」

「…お互いに、相手の泣き顔は確認済みって事ですね」

「そーそー。だからむしろオレはホッとしたんだよね。これでおあいこだもんねー」


オレの軽口にフッと笑いを漏らしたあと、吾妻さんはメガネをかけ直し、すっかりいつもの、穏やかな声音で会話を再開した。


「それじゃあ、改めてティータイムと行きましょうか。コーヒー淹れ直して来ますよ。それ、冷めちゃったでしょ?」

「え?良いよそんな」


吾妻さんの提案を、ちょっと慌てて辞退する。


「温度が低くなったくらいで捨てるなんて、もったいないじゃん」

「いや、でも…」

「良いって良いって。気にしないで。これ、このまま頂くから」
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