幸せになるために
「淋しいでしょ?比企君。お母さんの手作りのお弁当が食べられなくなっちゃって」


新居に移って10日ほど経ったある日。

職場での昼休み、休憩室でコンビニのサンドイッチを頬張っていると、オレの背後にあるポットの湯を入れに来た上司にそう問い掛けられた。

ちなみに40代の既婚女性で、お名前は佐藤さん。

高校生の男の子がいるお母さんで、とても明るくてパワフルな人だ。


「一人暮らしってやっぱり大変でしょ?出来合いのものばかりになっちゃうんじゃない?」

「あ、いえ」


慌てて口の中の物を飲み込んでから返答した。


「弁当は面倒だから作らないだけで、家ではそこそこやってますよ。栄養失調にならない程度の食事の作り方を伝授されましたから」


引っ越す数ヶ月前から、母さんに特訓させられたのだ。

まずは「最低限これだけはできないと」という母さんの主張で、米の炊き方と味噌汁の作り方から教わった。

といっても米は無洗米。

水の分量さえ気を付ければ後は炊飯器の仕事だし、また、味噌汁はその時冷蔵庫の中にあるキノコや野菜を適当な大きさに切って水の入った鍋にぶち込んで煮て、ダシ入りの味噌を溶かすだけ、という調理法だったので、これらは難なく習得できた。

そこから徐々に卵、肉、魚料理も教わって行った。

いや、料理と言ってもただ単にフライパンで「焼く」だけなんだけど。

玉子は目玉焼きで厚焼きにはできないし、肉は市販の焼き肉、しょうが焼き等のタレをからめて焼くだけだし、魚はフライパンでキレイに焼く事のできるシートが売っていて、そこに乗せて両面火が通るよう頃合いを見てひっくり返すだけ。

でも、これでご飯、味噌汁、おかずという立派な定食が出来上がる訳で、そこにレタスを手で千切ってトマトを四等分に切って盛り付けるだけのサラダを添えればさらに栄養バランスは良くなる。

で、その日の気分で豆腐や納豆を追加したりして。

これは調理する必要はないし安いしヘルシーだし結構食卓に上る回数が多かった。

ちなみに朝食は前の晩の味噌汁の残りと、多目に作って小分けで冷凍しておいたおかず、ご飯をレンジでチンして食べている。
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