ラッキーセブン部
第十九話 揺らぐ気持ち
文化祭最終日。
今日は二年生組と文化祭を回ることになっている。午前、いつも通り部室に行くと坊ちゃんがもういた。私はとりあえず椅子に座って荻野を待った。だけど、荻野は来る気配はない。

「荻野は?いつも早く来てるのに何でいないの?」

私が何気無くそう聞くと、坊ちゃんが椅子に体育座りをしながらトランプをシャッフルしている姿勢のまま答えた。

「正弥は…クラスの女子に呼ばれて…」
「えっ!」

私が少し大きな声で驚くと坊ちゃんはニコニコと笑った。

「クラスの仕事に行きましたよ」
「あ、あっそ…」
「他の二人も同様、多分、仕事でしょうね」

…近藤も仕事。私に告白をしてからというもの近藤はクラスの仕事を忙しくしていた。だから、部室に来ることはなくて…顔を合わせることもなかった。…本当にあんな断り方で良かったのかな。それでも、あいつは諦めないって言ってたし…私はどうしたらいいんだろう。
私が黙って俯いているとふいに坊ちゃんから質問が投げかけられた。

「そういえば、先輩。今日はどこを周りたいですか?」
「ん…強い希望とかはないけど、出店を周りたいかな。出来れば、三人で」
「さ、三人?」
「うん。午前の人だけ時間が短いのは不公平でしょ?それとも、やっぱり別が良い?」
「…いや…まぁ。俺は構わないですよ。分かりました、三人で周りましょう」

私がそう言うと坊ちゃんは少し何かを考えるようにまたトランプをシャッフルし始めた。
午前中はそれから坊ちゃんとは一言も話す事はせず、お互いに自分の作業を黙々と続けた。もちろん、たまに来るお客さんにはきちんと対応していた。主に坊ちゃんが…。
昼休みになると倉石君、近藤、荻野の順番で部室に戻ってきた。

「まさか、二回もあのクラス長に捕まるなんて!」

近藤は部室に入るなり、倉石君に愚痴り始めた。

「仕方ないよ、隼一。俺だって、クラスの仕事を任されちゃったんだから…」
「お前と一緒にすんな!佳介!昨日から俺は良い事がないんだよ!」
「ひどい…隼一」
「や、やめろ。そんな目で見んな」

なんだかんだ言って、この二人も前より仲良くなってる。
そして、近藤は私を見るとすぐに目を逸らした。今の行動は一体…。

「ごめんな、栄。今日もお前に仕事を任せちゃって…」
「いいよ。午前中はお客さん少ないし。それに趣味のトランプを扱えるなんて、こんな天職ないよ」
「…そうか。まぁ、お前が楽しそうにやれてるなら仕事を任せたかいがある」
「あ〜そうそう、正弥。提案なんだけど午後の文化祭を三人で周ろうよ」
「さ、三人?良いのか?笹井先輩」
「あ…うん。私が提案した事だから。別々だと時間配分に差が出ちゃうってことで」
「なるほど。俺も良いですよ。三人で周りましょう」

そういうわけで、午後、仕事の方は倉石君と近藤に任せて、私と坊ちゃんと荻野で周ることになった。

「店、あの二人に任せて大丈夫かな?」
「どっちも意外に正義感があるから心配ない」

坊ちゃんが心配そうにそういうと荻野は大丈夫だろという感じでそう言った。

「信用してるんだ」

私が独り言に近い声でそう言うと、荻野がちょっと考えるポーズをした。

「信用…か。そんな堅い物じゃないですよ」
「そうそう、正弥はそういうの気にしないもんね」
「どういう意味だ。栄」
「い、良い意味に決まってるじゃん。そうだ、ちょっと飲み物買ってくるね。俺、喉乾いちゃった」
「えっ!ちょっと待…」

荻野が止める間も無く坊ちゃんは廊下の角を曲がって見えなくなった。

「あいつ…。ここで待てっていうのか」
「職員室前だから分かりやすくて良いんじゃない」

職員室…。確か、この二人と逢ったのってここだよね。あの時は名前も顔も知らなかった。荻野は今よりも冷たくて…。坊ちゃんはあんまり変わらないけど。

「懐かしいですね。…あの時はまさか笹井先輩が俺達の部に興味があると思ってなかったんですけど」
「べ、別に興味なんかなかったよ。ただ学校一位の人が気になってただけで」
「そういえば、あの時もそんな事言ってましたね」

荻野は納得したようにそう言った。…そう、あの時はそれだけだった。

「で、でも、荻野は思っていた以上に頭が良くて…私は荻野のライバルになんて到底なれなかった」
「何、言ってるんですか。俺は先輩の事ライバルだと思ってますよ。俺だって、勉強をしてないわけじゃない。それなりの努力はしてきてます。それに俺、先輩は…一番努力家だって事知ってます」

どうしてだろう。荻野のそんな一言で私の頬が火照ってくる。そして、私の鼓動は早鐘を打っていた。尊敬している奴にこういうことを言われるとこんな気持ちになるのかな…。心が…満たされていく感じに…。

「荻野…」

ドシッ

「っ!」
「あ、すみません」

ふいに、私の横を通り過ぎようとした男子の鞄が私の腕に当たり、少しよろけたけどすぐに荻野が片手で支えてくれていたから転ばずには済んだ。

「あ、ありがとう…」

荻野は私の髪を見てから床に目を落とし落ちている何かを拾った。そして、私の手を取り、それを渡した。

「…はい」
「あれ?また、取れちゃった?」

私の手の中にはピンク色のヘアピンがあった。

「取れやすくなってるんですか?…あの時も落としてましたけど…」
「もう一回さっきの格好してくれる?」
「え…?」

私は荻野の呆れ顔を見て、あるイタズラを思いついた。何がなんだか分からないという顔をしながらも荻野はさっきのように屈んでくれた。
私はその荻野の髪の毛にピンク色のヘアピンを付けた。短髪の髪の毛にヘアピンを付けるのは少し難しかったけど癖っ毛のせいか上手くそこに留めることが出来た。
私がニッコリ笑いながら一歩離れると荻野は自分の髪の毛に付いているヘアピンに触れた。

「な、何してるんですか!」

すると、自分が今どんな姿になっているのかに気がついて半分驚きながら私にそう聞いた。

「あっ!自分で取っちゃ駄目。大変な事になるから」

顔を真っ赤にしながら急いで外そうとする荻野にそう言うと仕方なく自分で取るのはやめて、それを手で覆い隠した。そして、深くため息を尽きながら体勢を立て直した。

「俺、笹井先輩になにか悪い事しましたか?」
「ううん。してないよ」

私が笑いを堪えているとお茶を三本持った坊ちゃんが戻ってきた。そして、荻野を見ると首を傾げた。

「お待たせ〜って、あれ?どうして、正弥、頭に手を当ててるの?ぶつけた?」
「い、いや…大丈夫だ。気にするな」
「ふ〜ん。じゃあ、はい。お茶」
「ありがとう…って、これ…片手じゃ開けられないな…」
「左手を頭から離せば良いのに…も、もしかして、正弥。その手の下に角が生えてきたの?」
「こんな微妙な所に角が生えたらおかしいだろう。というか、そもそも角なんて生えないからな」

隠す事に疲れたのか、荻野はそう言いながら手を頭から離した。

「…プっ!に、似合ってるよ。正弥。最高にっ!」

ゴツっ!

「…っいた〜〜い!!!」

荻野のげんこつを食らって坊ちゃんは地面で七転八倒をした。

「と、取るね」
「あぁ。早い所、お願いします」

荻野はまたさっきの格好をして、私に頭を向けた。

「はい、取れた。さっきの荻野の言葉、嬉しかった…ありがとね」
「…いえ、こちらこそ」

私がそうお礼を言うと荻野は戸惑いながらもそう返した。

「さてと…栄も戻ってきたことだし、どこに行きますか?先輩」
「私のクラス、劇やってるから見に行かない?」
「笹井先輩は出ないんですか?」
「うん。私は看板とか衣装担当だったから」

私がそう言うと、さっきまで七転八倒していた坊ちゃんが起き上がった。

「え〜笹井先輩。お姫様役とか絶対似合いそうなのに〜」
「お、お姫様役!?私、無理!そういう派手なのは!」
「あーぁ…去年もラッキーセブン部にメンバーがいて笹井先輩もいたら劇やってるのにな〜。んで、シンデレラみたいなのをやる!」
「シンデレラは継母とか姉とか必要だろうが」
「もちろん、必要だよ。佳介と隼一それに吉田先生がいれば足りるでしょ」

…つまり、倉石君達に女装をさせるってこと?
あの3人がドレス姿で歩いているのを想像すると笑いが込み上げてきた。

「佳介と隼一はいないだろ…」
「そんなの分かってるよ。だから、ただの空想の話」
「じゃあ、お前は何をやるんだ?」
「もちろん。魔法使い!ネズミを馬車にしたり、かぼちゃを人間にしたりボロボロの服をドレスにしたい」
「…かぼちゃが馬車で、ネズミが人間だからな…。…って、待てよ。じゃあ、王子は誰がやるんだよ」
「正弥に決まってるじゃん」
「な…な…何でだ!!」

お、荻野が王子…。性格的には確かに生真面目な王子役でピッタリだと思うけど。そうなると、私と荻野がっ!そ、そんな。ないないない!!

「…先輩、顔が真っ赤ですよ?」
「正弥もね〜」

ゴツ!

「オゥ、マイゴッド!!」

私はまた地面で七転八倒する坊ちゃんを見て、そして、拳を握りしめている荻野を見た。荻野も私を見ると照れくさそうに笑っていた。
そういう感じで文化祭最終日は三人で楽しく過ごすことが出来た。
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