ラッキーセブン部
第二十話 賭け好きの双子
昼休み後、笹井先輩と栄先輩、それと正弥先輩が三人で文化祭を周ってくるということで俺達に店が任された。

「あの…倉石君。お店よろしくね」
「はい!」
「笹井先輩。俺は?」
「近藤も…よろしくね」
「はい!」

笹井先輩は苦笑いして俺にそう言うと二人と一緒に部室を出て行った。
栄先輩が一緒に行ったことには内心すごく嬉しかった。正弥先輩と笹井先輩を二人っきりとかに絶対なって欲しくないから。

「…隼一。俺達だけでお店大丈夫かな?」

俺が一人嬉しさを噛み締めていると佳介が不安そうな顔で俺に聞いてきた。お店が大丈夫かなんて俺には関係ない事だ。監視する奴は一人もいないわけだし。どうせなら、学校から抜け出しても良い。

「ま…佳介がいるなら大丈夫だろ」
「えー。なんか投げやりだね。まぁでも、実際、トランプでマジックするだけだからね」

投げやり…?そんな事、今に始まった事じゃないだろ。これからもそのつもりだし。俺がここにいる存在意義は笹井先輩のためってことぐらいはこいつも分かってるはずだ。

「話は変わるが佳介…お前、どうして笹井先輩の事が好きなんだ?」
「えっ…い、いきなりだね」

佳介は少しどもりながら俺の顔を驚いて見た。しばしの沈黙が俺達の間に流れる。…俺、男と見つめ合う趣味は全くないんだが…。こうやって、佳介の顔をまじまじと見た事は無かった(というか、あってほしくない)けど…。今、こうして見るとこういう顔がモテるのかと思ってしまうな。
運動系なはずなのに色白の肌。二重でヘタレ目。眼にかかる、ちょっと前くらいまで伸ばしている前髪。サラッとした髪の毛。
ジャ⚫︎ーズか!これで背が高かったら、きっとスカウトされてたに違いない。背が高かったらな。

「隼一…。やっぱり、目鋭いね」

俺が佳介の顔を心の中で褒めて(?)いると、佳介も俺の顔について考えていたのかそう言った。
…やっぱりってなんだよ。他の…感想はないのか?他の感想を言われても対応に困るけどさ。それと目が鋭いのはコンプレックスだ。指摘されるとムカつく。

「黙れ…。お前に言われるとさらにムカつく。あと、質問に答えろっ!」
「ちょっ!隼一。恐いよ!恐い!」

俺が睨むと佳介は小動物かのごとく俺から素早く距離を取った。
…たく。調子狂うな。

「…じゃあ、隼一はどうして好きなの?」

距離を取って安心したのか、佳介は逆に俺に聞いてきた。

「俺が…好きになった理由は…」

『…ここの教室だったよな?』
『生徒会室横だから間違えるはずないでしょ』

俺が佳介の質問に答えようとすると廊下から二人の話し声が聞こえてきた。咄嗟に口を閉じてドアの向こうの様子を伺う。

『よし。入る前に賭けをしようぜ。賢一。中に正弥がいたら俺の勝ちな』
『OK。じゃあ、中に栄がいたら俺の勝ちだな。賢治』

残念ながら二人ともいないが、この教室に入ってくるのは止められないようだ。ガチャリとドアノブが回る音がするとドアが開いて似た顔が二つ入ってきた。
双子…か。最初の客は。

「…隼一、お客さん来ちゃったよ」
「…分かってるよ。お前がなんとかしろ」
「…え〜そんな〜」

俺達が対応の仕方に戸惑っていると一瞬の間の後、双子は俺を見て引きつった顔をした。

「部屋…間違えたかな?」
「…正弥が不良を部活に入れるわけないよな。ねぇねぇ、そこの…君。ラッキーセブン部ってどこ?」

双子の一人が佳介に向かってそう言った。

「ここですよ。…あの正弥先輩と栄先輩は今、出掛けてしまって…俺達しかいないんです」
「えっ!じゃあ、賭け…また無し!?」
「俺達って…えっ!この不良も!?」

佳介がそう答えると双子は一様に驚いた。賭けの事は俺に関係ないから別にいいけど、さっきから俺を不良と言ってる事はムカつく。確かに不良だけどさ。

「ちなみに俺の名前は不良じゃないから。近藤隼一っていう、ちゃんとした名前が…」
「おっ!トランプじゃん。これでマジックするの?」
「あ…はい」
「マジックよりトランプで賭けをしようよ」

俺が珍しく自分の名前を名乗ろうとしたのにその双子は俺を無視して佳介に話しかけていた。

「おいっ!俺の話を聞けよ!!」
「怒鳴らないでよ。うるさいな〜」
「そんなんじゃ、彼女出来ないぞ」

その一言で俺はさらにムカついた。彼女が出来ないのは関係ないだろ!不良は彼女が出来ないっていう定義でもあるのか!?

「何なんだよ!お前ら!!」

俺はそう言いながら双子の一人の胸ぐらを掴み取った。

「…喧嘩なら負けないよ」
「頑張れ。賢一」
「ダメだよ!隼一!暴力は!」

佳介は必死に俺と相手の間に入って、俺の手を胸ぐらから離させた。

「止めんなよ。佳介」
「そうそう。止めちゃダメだよ?佳介君。ここが男の勝負だから」
「…止めるなって言っても…隼一が関わるとすぐに喧嘩になってる気がする…」
「殴ってきていいよ?近藤隼一君」

心配そうな佳介をよそに俺は拳に力を込め、賢一という奴の顔面に殴りかかった。正弥先輩みたいによけるかと思ったがそいつは俺の拳を片手の手の平で受け止めた。

「いてぇ〜。拳硬いな〜」
「…当たり前だ」

口では痛いと言っているが表情はニヤニヤと気味悪く笑っている。俺はちょっと警戒して拳を離し二、三歩下がって様子を窺った。だけど、そいつはアゴに手を当てて考えるポーズをし始めた。何故、この状況でそのポーズになる必要があるんだ。

「…ん〜。…殴り合いだけじゃ、面白くないな。賭けをしようよ」
「賭け?なんだよ、それ」
「このお店に最初に来る人が男か女か、で」
「喧嘩関係ないじゃん」
「賭けに勝ったら、一つ言う事聞いてあげるよ?負けたら逆だけど」

最初に来るのが男か女か…?二分の一の選択だな。だったら、公平か。

「よし…じゃあ、男」
「俺は女の人だと思うけど…」
「俺も女だと思うな」
「じゃあ、俺は女な」

俺が答えると三人は口々にそう言った。俺の味方いないのかっ!ていうか、佳介、そう思うなら初めに俺に言えよ!答えを変えようにも、もう手遅れな空気だし。…仕方ない。
俺は心を落ち着けようとドアを見つめた。…誰がなんと言おうと賭けに勝てば言う事を聞かせられるんだ。ここは我慢。
俺達が待つこと数時間が立った。一向にこの部室に入ってくる人はいない。

「…みんな、他の場所に行くよね」
「わざわざ、マジックを見に来る人なんていないからな」

俺達がため息交じりにそう呟くと賭けが無くなるのが嫌なのか双子は俺達に叱咤した。

「もっと、この部活を売り込めよ」
「マジック以外も特典付ければくるだろ?」
「特典と言われても…」

佳介は対応をしているようだったが俺はそれを無視してドアにまた集中した。数分が立つとやっと廊下から話し声が聞こえてきた。

『和香ちゃん。茶道部行かないの?』
『七恵に会ってから行く〜』

嫌な予感がする…。この声って、笹井先輩の友達の…桜宮先輩の声か?
俺はゴクリと唾を飲み込み、さらにドアを見つめた。

ガチャ

「こんにちは!七恵いる?」
「「やったー!女だ!」」

桜宮先輩が入ってきた瞬間に双子達は喜びの声をあげた。
本当に入ってくるなんて…ツイてない。ていうか、ここに来る訪問客みんな、誰かに会いに来てる気がするな。

「ど、どうしたの?というか、何でトゴシーズがここにいるの?」

喜びの声をあげた双子を見て桜宮先輩は驚いた顔をしていた。
…トゴシーズって…知り合いなのか?ということは、三年?でも、こいつらが会いたがっていたのは栄先輩達だよな。

「桜宮先輩。これには深〜い事情があるんです」
「そうそう、深〜い事情が…」

桜宮先輩の事を先輩って言ってる…ってことはこいつら二年生なのか。三年ならもっとしっかりしてるはずだからな。

「何?深い事情って?」

トゴシーズ(桜宮先輩に便乗してそう呼ぶことにした)の意味深な答えに桜宮先輩は首を傾げた。

「先輩には言えませんよ。不良君の彼女だって言うなら別ですけど」
「そうそう。彼女の前で殴り合いなんて出来な…あ…」

殴り合いという単語を口にした途端、桜宮先輩の表情が強張った。それに気がついたトゴシーズの一人は気まずそうに口を閉じた。

「殴り合い?まさか、ここで喧嘩でもしようとしてたの?」
「いや…あの…。どうしてくれんだ、バカ賢治。」
「ごめん…つい」

またこの部室に沈黙が流れた。もう賭けとかどうでもいい。そもそも、俺はどうしてこいつらと喧嘩をしようとしたのかさえ時間が経ちすぎて忘れている。
ふいにトゴシーズの視線が俺に向けられた。何かを訴えているようだ。
…助けてくれってことか。そういうのにもイラっとするが…ここで問題が大きくなるのも面倒臭い。賭けに負けた事だし。今回は俺がなんとかするしかないか。

「桜宮先輩。俺達がこんな所で喧嘩するわけないだろ。…そんな事したら正弥先輩にドヤされるからな」
「確かに…そうね。…でも、万が一
ここで喧嘩してたのなら怒るよ?隼一の彼女でなくても怪我されたら心配だから、ね」

桜宮先輩は意味深に俺に笑いかける。…今のって、誰に向けられた言葉だ?トゴシーズに言ったようには聞こえなかったけど。

「七恵はいないみたいだし、私は行くね。あ、それとさっき吉田先生がトゴシーズ探してたよ?」
「えっ!本当ですか?」
「嫌な予感する〜」

桜宮先輩はそれだけ言うと何事も無かったかのように部室から出て行った。

「吉田先生が探してるみたいだから俺達も行くな。遊びに付き合ってくれてありがとう」
「あ、遊び?」
「それから、俺達ラッキーセブン部に入るつもりだからよろしく」
「この部に入るんですか?」
「あぁ。昨日、栄に誘われたからね。顧問に入部届けを出し次第また来るよ」

双子はそう言って部室を颯爽と出て行った。あいつらも部員に入る…だと?待て、待て。そんな事、初めて聞いた。こいつらをそんなにすんなり入れていいのか?…嫌な予感しかしない。嫌な予感っていうのは毎日、賭けを無駄にやる事になるってこと。

「隼一…あの人達は一体何だろうね」
「俺が聞きたいよ。佳介はあいつらが部活に入ってきても良いと思うのか?」
「よくは分からないけど、栄先輩が誘ったんだからきっと大丈夫だよ」

何が大丈夫かが俺には分からない。栄先輩と仲がいい人とはとことん俺と合わない気がするし…。それに笹井先輩の事をあいつらが好きになったりしないだろうか…。その逆も有り得なくもない。
…これ以上は切りが無いから考えるのをやめとこう。

「さてと…あいつらが来る前まで何の話をしてたっけ?」
「…笹井先輩の事だね。どうして、好きになったのかって…」
「そうだったな。俺は一目惚れだったな」
「隼一も一目惚れなの?!」
「佳介もなのか?」

笹井先輩すげ〜。男を魅了する何かを持ってるんだろうか。



笹井先輩は一目惚れ…だけど…あいつのあの意味深な笑みも…気になるな。

………

(盗み聞きするつもりはなかったんだけど。…一目惚れ…ね。でも、まだチャンスはあるよね。…振り向かせるチャンスくらいは。あいつだって感づいてない訳じゃなさそうだし。…部活は同じじゃないから難しい問題だけどね)

パタン

私はそっと資料の入っている戸棚を閉め書類を手に持ち、生徒会室から出た。
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