ラッキーセブン部
第二四話 突然の出会い
土曜日。いつもなら家で勉強をしている午後の昼下がり。俺は電車に揺られて隣町までやって来た。
住所だと…ここら辺の一軒家のはずだよな。
それにしても随分、閑静な住宅街だな。駅から離れてくとあんまり、人が歩いてないし聴こえる音といえば風で葉が揺れる音とかカラスが鳴く声だけ。俺の住んでいるところとは真反対の環境だ。俺の家は都会の中にあるアパート。最近、家の近くで工事が増えて騒音に悩まされている。ただでさえ車が多くてうるさいというのに…。だから、こういう静かな場所に来ると心が落ち着く。
…自然万歳。
そうやって、この土地の良さに浸って数分歩いていると笹井という表札の出ている家に辿り着いた。
ここが先輩の家…。家の壁は白で屋根は黒。今時の一軒家という感じだ。
…インターホン押さないとな。そう思って、押そうとするがなかなか指先に力が入らない。き、緊張してるのか?当たり前か…。俺はこれから笹井先輩にきちんと謝らなければいけないんだからな。栄は大丈夫とか言っていたが笹井先輩は、今更、俺の話を聞き入れてくれるだろうか。そんな事を考えてはダメだ。ここまで来たんだ。諦めるわけにはいかないよな。
俺はゆっくり息を吐いてからインターホンを押した。

ピンポーン

…………。

あれ…?反応がない。

ピンポーン

…………。

再び、インターホンを押すがやはり反応がない。外出中か…困ったな、この展開は考えてなかった。笹井先輩を探すにしてもここは範囲が広すぎる。方向音痴ではないけれど初めて来ている場所だ。笹井先輩を探しているうちに迷ってしまうかもしれない。

ワンワン

これからどうしようかと悩んでいるとどこからか犬の吠える声が聞こえてきた。その刹那、道の曲がり角から犬が飛び出し、その後に見覚えのある人物が飛び出してきた。

「佳介!」
「ま、正弥先輩!?」

俺を見て驚いた顔をしたが、そのまま犬を追いかけてまた曲がり角に入って行き佳介は見えなくなった。散歩か…?笹井先輩の家と近いとは聞いていたが会うとは思わなかった。

ワンッ!

「せ、先輩。どうして、ここに?」

俺が呆然と曲がり角を見つめていると犬を抱えて佳介が戻ってきた。

「笹井先輩に謝りに来た」
「そう…ですか」

俺の言葉を聞くと佳介は一瞬、不快な顔した。何か悪い事言ったかな、俺。

「あのさ…笹井先輩が今、どこにいるか知ってるか?」
「どうして俺に聞くんですか」
「佳介なら知ってるかと…思ったんだけど」

俺がそう言うと佳介は右手をアゴに手をやり考えるポーズをしてから、口を開いた。

「知ってますよ。…これから会うので一緒に行きますか?」
「会うって…お前。彼女は?」
「ただの散歩です。デートってわけではありませんから」
「そ、それは分かるけどさ」

でも、彼女以外の女子と一緒に散歩しに行くか?…普通。

「…笹井先輩に誘われたので」
「…そうか」
「優柔不断過ぎますかね。俺」
「え…?」

佳介は犬を一撫ですると、地面に下ろした。犬は俺達を先導するようにゆっくりと歩き始め、佳介もリードをギュッと握りしめて歩き出した。俺もそれについて行くことにした。

「その犬…柴犬だよな」
「そうですよ」
「俺も飼ってたんだよな。柴犬」
「そうですか」
「佳介。冷たくないか?」
「気のせいです」

ワンワン

「あっ!待て!」

俺達の空気に耐えられなくなったのか急に柴犬が走り出した。俺達もその後を追って走ると目の前の公園の入り口に誰かが立っていた。その人物はすぐに誰か分かった。
…笹井先輩…。

「あ、倉石君!…と荻野?」

先輩は俺の顔を見ると目を丸くした。そして、俺と目が合うと即座に視線を逸らし、自分にすり寄ってきた柴犬をゆっくりと撫でた。
…きちんと謝れるだろうか。こうやって対面すると言葉がなかなか出てこない。

「…笹井…先輩」
「ごめんね、荻野。私、これから倉石君と犬の散歩しに行くの。だから、話はまた後でね」
「い、今じゃ。ダメですか?」
「…」

先輩は何かを言おうとしたけど俺達の後方を見て口を噤み、顔を引きつらせた。

「どうしたんですか…?」

佳介が心配して聞くと、まもなく、俺のすぐ後ろから男の声が聞こえた。

「俺の女に、よってたかってなにしとんねん」

俺が驚いて振り返ると185cmくらいの長身の男が俺を見下ろしていた。
め、目つき。隼一より怖い!だ、誰!?この人!
俺が驚いて硬直していると、隣にいる佳介がお辞儀をした。

「お久しぶりです。英知(ひでかず)さん」

それを見ると、男は数分の間の後。

「あぁ!佳ちゃんか!相変わらず、礼儀正しいな」

と喜びの声をあげた。
この二人…知り合いなのか。さっき、笹井先輩の事を俺の女とか言ってたけど、まさか、笹井先輩に彼氏がいたのか!?それにしては……ちょっと歳が離れてる気がする。

「そっか、そっか〜。で、佳ちゃん。この兄ちゃんは誰?」
「えっと…俺達の部活の部長です」
「は、初めまして…。荻野正弥と言います」
「初めまして。俺はななちゃんの兄の笹井英知だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」

笹井先輩の兄さんだったのか…。

「それで…なんでまた休日にななちゃんといるんだい?」

そう言いながら、英知さんはニコリと微笑んだ。顔は笑顔だけど目が笑っていないのがとてつもなく怖い。

「私が呼んだの。部活会議みたいなものよ。それより、どうして英兄がここにいるの?」
「いつもみたいに英兄ちゃんって呼んでよ〜」
「…どうしてここにいるんですかー?英兄?」
「な、ななちゃん。怒らないで。大学の夏休みだから大阪からここへ戻ってきたんだよ」
「あ…そっか」
「二週間いるからよろしくね。あ、俺の部屋ないから、ななちゃんの部屋で寝ていいよね。…添い寝で」
「今すぐ帰るか、野宿のどちらかを選んで」
「どっちも嫌だよ!?」

目の前で繰り広げられている兄妹喧嘩を俺達は呆然と見守っていた。

「…佳介、英知さんと仲良いのか?」
「仲が良いか分からないですが、俺と英知さんは師弟の関係でした」
「師弟?」
「はい。二年前、英知さんが俺の家庭教師だったんです。…でも、まさか笹井先輩のお兄さんだったなんて…」

佳介も知らなかったんだ。笹井先輩の兄さんだってこと。

「フッ…。さすが、俺の妹。返す言葉も高度になってるな」
「じゃあ、野宿で決定ね」
「…ごめんなさい」

二人はそこで会話を止め、こちらを向いた。

「…お前らさ。何部?」
「えっと…」

英知さんはいきなり率直な疑問ぶつけてきた。ついでに不敵な笑みもぶつけてきた。

「佳ちゃんがいるなら運動部なのかな?とか思うんだけど。ななちゃんって運動あんまり好きじゃないからさ。自主的に入るわけないじゃん。部長さんは何が得意なの?」
「俺は勉学が得意です」
「へ〜。珍しいね。ま、俺も勉学得意だよ。じゃあ、荻ちゃん。今度、俺と勝負しない?俺、これでも頭良いからさ」

呼び方が…変わった。な…なぜ…?というか、大学生に俺が勝てるわけない。

「もちろん。高校の問題だから、安心しな」
「はい…」
「英兄。私達、部活会議しないといけないんだけど」
「あぁ。そういえば、そうだったね。でもさ〜皆、即席で集まったって感じに見えるんだけど」

隼一のような観察眼だ。英知さんの前では一瞬の隙も見せられないな。

「そうなるとさ〜俺、佳ちゃんや荻ちゃんのこと、許さないよ?」

そう言って、ニコリと笑う英知さん。やっぱり、目が笑っていない。

ワンワン

すると、それまで大人しかった佳介の柴犬が突然吠え、公園の中に突っ走って行ってしまった。あまりにも突然過ぎたから佳介はリードを掴み損ねてしまっていたようだ。

「あ…ポンタが逃げた!」
「ポンタじゃないです。ちゃこです!」

そう言って、佳介と英知さんは犬の後を追って公園へ入って行った。その後を追うように笹井先輩も走り出そうとした。だけど、俺は笹井先輩の右手を掴み引き止めた。

「…い、行かないでください」
「…!?」

笹井先輩は振り向いて驚きながら俺の顔を見た。
…これは最後のチャンスかもしれない。早く謝らなければ。

「昨日あんな事言って…ごめんなさい。笹井先輩」

俺がそう謝ると先輩から思わぬ応えが返ってきた。

「…私もごめんなさい。私の身勝手な思いで部を混乱させちゃって…」
「…先輩」
「…部員じゃないの…分かってるから。私、あの部と接点ないし」
「ち、違う!先輩は部員ですよ」
「じゃあ、どうしてあんな事を言ったの?」
「笹井先輩に…あいつらと接点を作って欲しくなかったからです」
「え…?」

先輩は俺の言葉を聞いて、また驚いた顔をした。
やっぱり、これじゃあ言葉不足だよな。でも、これ以上の説明は多分、俺の口からは出てこないだろう。だから、意味解釈については笹井先輩自身になんとかしてもらうしかないけれど…。

「あの二人…イケメンなのに裏で悪いことしてるのね」
「せ、先輩?」
「だから、生徒会補佐なのね…」

笹井先輩は納得したように頷いた。今度は俺が驚く番だった。
笹井先輩は俺の想像を上回る解釈をし始めた。

「あ、あの!先輩!」
「大丈夫よ。荻野。この事は他言しないから」

すぐに訂正しようとするが笹井先輩は自己解決を完了してしまっていた。
ごめん、戸越兄弟。なんか、良くない方向に勘違いされたみたいだ。

「荻ちゃん。俺の妹に手出すとはいい度胸だな」
「先輩…抜け駆けですか?」
「え…?」

気付くと英知さんと佳介が公園から出てこちらに歩いてきていた。二人とも怖い形相で俺を見つめている。

「先輩。ひどいです」
「な、何の事だ。佳介」
「その手はなんだい?荻ちゃん」

手…?俺はふとある事にようやく気付いた。
先輩を引き止めるために掴んでいた手をまだ離していなかった。はたから見れば俺と笹井先輩が手を繋いでいるように見えるだろう。いや実際繋いではいるが。
でも、そう指摘されると何だか言いようのない感情が込み上げてきて俺はすぐに手を離した。

「ご、誤解です。英知さん、佳介」
「何が『誤解です』だ!俺はななちゃんが小学生以来、手を繋いでないんだぞ」
「それが普通でしょ。高校生にもなって手を繋ぐ兄妹がどこにいるの」
「先例は覆すためにあるんだよ」
「はいはい」

手を繋ぐ…か。俺も女子と手を繋ぐのは小学生の時以来だ。先輩の手、思ったより細くて小さかったな。もう一度、繋いでみたいなどと思ってしまう。

「ゴホンっ!ま、誤解だとしても手を繋いでいた事には変わりないよね〜。二週間、荻ちゃんを監視する必要がありそうだ」
「か、監視!?」
「実は大学で宿題出されてさ〜。高校で教育実習やらないといけないんだよ。ななちゃんの高校、私立だし、許可すぐに出してくれそうじゃん」

教育実習…。俺達の学校に来るということは俺達の部活の事がすぐにバレてしまう。…危険だ。

「というわけで、改めてこれからよろしくな」

そう言って笑顔で俺に握手を求める英知さん。俺は少し恐れながら握手を交わした。こんな気持ちで握手するのは初めてだ。
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