御劔 光の風3
「本当に貴女は…昔から何も変わらない。優しくて、強くて、頑固で。」

ナルの左手を取りハワードはそっと中指の付け根辺りに口付けた。

「ずっと慕っておりました。最後の時間を私にいただけた事、嬉しく思います。」

顔を上げたハワードの表情は、出会った頃によく見せた笑顔だった。目尻の笑い皺は深くなったものの、薄茶色の瞳や左側にできる笑くぼは変わっていない。

ナルがこの笑顔を見るのは随分久しぶりだった。

こんなに優しく笑いかけくれたのは本当に久しぶりで彼の笑顔は自然とナルを笑顔にさせる。

その時、二人は時を超えて出会った頃に戻っていた。

身分もしがらみも役割も関係ないと、もしかしたらそう言い張れる、そんな強さがあった頃だった。

逃げずに立ち向かってきた日々を否定するつもりは無い、今までがあってこそのものだと胸を張って言える。精一杯生きた自分を誇らしくも思っているのだ。

敬意を払ってくれたハワードに感謝をしよう。

「ハワード。あの子たちを頼みます。」

ナルはカルサの時と同じように占者として振る舞った。それに答える為にはハワードも大臣として受けなければいけない。

ナルらしいと心の中で呟き、一礼する。

「はい。」

ハワードが顔を上げると自然と二人の視線が合った。そして二人は当たり前のように近付き唇を重ねる。

それは軽く触れるくらいのもの、少し身体を離して改めてお互いの顔と気持ちを確認するとくすぐったかった。 照れたように愛らしく微笑み、ナルを形取っていた光の泡は消えてしまう。

ハワードの手の中には幻の感覚だけが残り、ゆっくりと手元に視線を落とした。

残留思念。その言葉がハワードの頭の中を過る。

「こんな事まで出来るのか。貴女という人は。」

言葉の最後は涙でつまって消えてしまいそうだった。

全て分かった。彼女は死んでしまったのだと。

ただ彼女を失った、救いようのない悲しみに身を投じたかった。抑えきれない、込み上げてくる感情と涙を隠さずにハワードはナルを想い泣いた。

両目を隠すように覆った手から涙がこぼれる。強く握りしめられた拳、漏れる嗚咽、誰に見られようとどうでもよかった。心は自由だ。

「…ナル…っ!」

彼にとってナルは、ただ一人の魅力的な女性だった。
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