やくたたずの恋
 恭平は不意に足を止め、ちらりと後ろを振り返る。そこに志帆はいない。当たり前だ。当たり前なのに、志帆の面影を記憶の中から引きずり出し、雛子へと重ね合わせようとする、愚かな自分がいる。
 雛子はパタパタと足音を立てて、立ち止まる恭平に近づきつつあった。彼が自分を見ていることに気づけば、照れがちに微笑む。それは、タンポポの綿毛の旅立ちを助ける、春の緩い風を吹かせる笑顔だ。
 飛び立った綿毛は真っ直ぐに恭平の心にも届き、その奥をふわふわとくすぐった。懐かしく、大事にしておきたい場所。そこを狙うように、綿毛は甘酸っぱく撫でていく。
 煩わしい。あえてそう言い捨て、恭平は拳を握る。
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