やくたたずの恋
22.美女と、老人。(後編)
「ゆ、誘惑!?」
 雛子の絶叫で、志帆を映す鏡にひびが入る。そのお陰で雛子は鏡の役目を終え、志帆に向かって大きく首を振ることができた。
「無理です! ぜーったい無理! 私にそんなことできません! それに……何で自分の旦那様を、誘惑させようとしてるんですか!?」
「私ね、主人と離婚したいの」
「離婚なさりたいなら、ご主人と話し合えばいいじゃないですか!」
「無理よ。だって主人が許してくれないんだもの。だから、あなたが誘惑して、主人があなたに夢中になれば、それを理由にして離婚できるでしょう?」
 美しい人が、表情も変えずに欲望のままの言葉を吐き出す。狂気としか思えない。なのに、なぜか雛子は納得されそうになっていた。
 それは、志帆の考えがストレートだからだ。離婚したい。その目標に向かって、猛スピードで車を走らせている。ただ、走っている道が恐ろしく回りくどいだけだ。
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