やくたたずの恋
 恭平にとっては、この一件はただの事実だ。悲劇でも喜劇でも、オペラでも一大叙情詩でもない。目の前の事実に、自分の身が飲み込まれたことを、ただ語るだけだ。
「大学のOB会で志帆を見初めた星野さんが、志帆の父親の借金を肩代わりする代償として、志帆と結婚したい、って申し出たらしい。で、結局志帆の父親がその条件を飲んだ、って話だ」
 星野の部屋で見た、あの結婚写真。それがありありと雛子の脳裏に蘇る。「おじさん」な星野と、若く美しい志帆。嬉しそうな星野と、恐ろしく暗い志帆の表情。新郎新婦のあの奇妙なコントラストには、そんな訳があったのか。
「当時、星野さんは広告代理店の社長で、金持ちではあったけど、50代後半のおっさんだったからなぁ。『あんなおじさんと結婚するのは嫌』『でも仕方ない。これしか方法がない』って繰り返して、日々荒んでいく志帆を見てたら、辛くなってさ、駆け落ちまで計画したんだぜ?」
「でも……ダメだったんですね」
「ダメって言うか……俺が裏切ったんだよ」
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